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一話 ウィズ対策機構

 一人歩く帰り道、学校というものはあれほど居心地の悪いものだったかと鶴城は溜息を吐く。

 駅での一件から一週間。彼が事件に巻き込まれたことは当日学校に行けなかったこともありすでに周知の事実となっていた。


 もちろん彼は被害者であり同情される立場のはずだった…………しかし湊が行方不明になったことが妙な方向へ働いてしまったのだ。


 もともと湊には敵が多かった。その容姿に惹かれて集まる人間は多かったが、湊は自分の容姿を話題にされることを嫌っておりその対応も苛烈だったからだ。


 大半はショックを受けて去っていくだけだが一部は強烈なアンチとなった…………そしてそんなアンチ達が湊はウィズになって逃げたのだと噂を立てたのだ。


 ウィズによるテロが多発していることもあって一般のウィズへのイメージは現状かなり悪い。そのせいで湊はテロに巻き込まれた被害者ではなくテロを起こして逃げた犯罪者のような見方をされるようになった…………そしてそれが鶴城にまで波及した。


 やらからした奴と仲が良い人間は同類に見られるのはいつの世も同じらしい。


 まあ、流石に表立って何か言ってくる奴はいなかったが壁は出来た。今回のテロの被害が大きかったこともあって当分そのイメージは改善しないだろう…………そう、被害は大きかったのだ。


 後で知ったのだがテロが起こったのは鶴城たちが巻き込まれた駅だけではなかった。他にも四か所で楔が破壊されその区域の惨状がテレビでありありと放送されていた。


 そのせいで余計に無傷で済んだ鶴城の姿に違和感を覚えるのかもしれない。


「ただいま」

「おかえりパパ!」


 しかし自宅の玄関をくぐるとそんな陰鬱な気持ちを吹き飛ばす明るい声が出迎える。

 今やって来たというふうではなく、出待ちしていたという佇まいでいのりが立って鶴城を見ていた。


「…………パパじゃないだろ」

「お母さんなら聞こえるところにはいないよ?」


 だから問題ないというようにいのりは鶴城を見る。

 彼女は誰かいるところで彼をパパと呼ばないという言いつけを正確に守っているが、正確過ぎて一般の感覚を持つ鶴城には少し悩ましい。


「はあ…………いい子にしてたか?」

「うん!」


 頷くその笑顔はどこにでもいる子供のようにしか見えない。

 いのりと出会ってから一週間経つが数日の間に見た目相応の言葉遣いと表情を身に付けた。


 周りに対して余計なフォローをしなくて済み実に助かるが、こうして見ていると本当にただの子供なのではないかと思えてくる。


「鶴城?」

「ああいや、なんでもない」


 そしてそんな彼の考えを否定するように、時折いのりは出会った時のような感情の無い表情で彼を見る。

 そのせいで表面上子供を演じているだけなのかもと思ってしまうこともあるが、出会った当初のあの無垢さを思い出すと子供らしいことに間違いはないように思える。


「あー、ゲームでもするか?」

「うん!」


 嬉しそうにいのりは頷く。

 学校がストレスを感じる場所となってしまった現状、なんだかんだで家でいのりを相手している時間が一番癒されるようになってしまった。


 ピンポーン


 しかし靴を脱いで家に上がったところでチャイムが鳴った。

 念の為にいのりには隠れておくように言い、インターフォンのカメラを覗く…………スーツを着た中年の男性とその後ろに立つ若い女性の二人。


 年齢と二人の立ち位置的に恐らく男性の方が上司なのだろう。


「はい、どなたですか」

「あー、どうも私達はウィズ対策機構からやって来た者だ。上凪鶴城さんといのりさんに先日の事件について少々お話を聞かせてもらいたくてね」


 インターフォンのマイクから話しかけるとそんな答えが返って来る。


 ウィズ対策機構はウィズ専門の警察のような組織だ。だから先日のテロ事件について捜査していてもおかしくはないが、同時に未登録のウィズを発見して管理下に置く仕事もしている組織でもあり警戒心が湧く。


「ええと、僕が上凪鶴城です」


 とはいえ相手は公の組織であり適当にごまかせば済む相手ではない。

 いずれ必ず顔を合わせるのなら変に居留守を使って引き延ばすよりはさっさと会ったほうが妙な疑いを持たれずに済むだろう。


「それなら話が早い。今時間の都合はいいかな」

「構いません。ただ話をするのは僕だけでもいいですか? 妹にはあまり事件のことを思いい出させたくないんです」


 それらしい理由で鶴城はいのりの同席を拒否する。

 いのりの力による記録の改竄に問題はないともちろん願っているが、いらぬボロが出る可能性は排除するのに越したことはない。


「承知した。確か二人は駅で一緒だったはずだね?」

「ええ、だから妹と僕の話せる内容は同じはずです」

「それなら問題ない」


 納得したような返答があって鶴城はほっと一息つく、


「今開けますね」


 話をするだけならそのままでも問題ないだろうが、相手が名指しできている以上は本人確認させる必要もあるだろう。


 それに今後のことを考えれば心証を稼いでおくのに越したことはない。


「初めまして、私は不動。こいつは部下の秋口だ」

「どうも、秋口稲穂です!」


 女性の方がにこやかに挨拶すると不動と名乗った男性は顔をしかめる。

 大人しくしていろと言わんばかりの不動の表情に、神経質な上司とその命令を聞かない部下という構図が頭に浮かぶ。


 勝手な想像に過ぎないが二人の相性はあまりよくなさそうだ。


「ええと、僕が上凪鶴城です」


 とはいえそれは鶴城には関係ない話なのでとりあえず名乗って本題に入らせる。


「どうも、この度はご協力に感謝する」


 それに不動も表情を改めて頭を軽く下げる。

 彼が横目で睨みつけると慌てて秋口の方も頭を下げた。


「それで事件のことでしたよね」

「ええ、当日駅についてからの状況を教えてもらえますかね」

「わかりました」


 頷いて鶴城は当日の行動を概ね正直に話す。最初からいのりはいなかったことやその出会いの部分などはもちろん虚偽に置き換えてだ。


 けれどその大半が事実なのは間違いなく、特に楔が破壊されてのことは自然と声が震えた。


「なるほど、では気を失ってから御子柴湊さんは見ていないと」

「…………はい」


 湊に関しても当然馬鹿正直に話すわけにはいかない。


「ではその後彼から連絡があったりなんかもないということで?」

「はい」


 それは事実だ。あの日友人であり続ける為に決別し、それから今に至るまで連絡が来たことはないし鶴城から試みたこともない…………お互いにとってそれが迷惑にしかならない事を二人はよく理解しているのだ。


「あの」

「なにか?」

「あなた達は湊がウィズになったと考えているんですか?」


 少し迷ったが、これを聞くことは自然だろうと鶴城は尋ねてみた。


「…………その可能性はあると考えているね」


 その答えでなんとなく鶴城は彼らの目的はむしろそれだったとわかった。

 恐らくは最初から事件のことではなく湊の件で探りに来たのだろう。


「知ってるかもしれないが駅での一件は全員が無事見つかったわけじゃない」

「…………ええ、それは知ってます」


 鶴城も事件について公開されている情報には目を通した。するとウィズになって身を隠した湊以外にも行方の知れない人たちがいることがわかったのだ。


 彼らが湊と同じように身を隠したのか、それともあの状態から元通りにならなかったのか鶴城にはわからない…………いのりに尋ねれば答えてくれたのだろうが、救えなかった人がいたのかを聞く勇気は足りていなかった。


「私たちは今その行方不明者の捜索をしているところでね…………なにぶん今回の事件は今までになかったケースのことだ」


 これまでは楔が破壊されて避難が遅れた人たちは皆溶けてしまった。しかし今回は一度溶けた人々が再び元通りになって生還するという異例の事態。


 本来であれば何もかも溶けた場所からウィズになって逃げた人間を判別することは不可能だが、今回に限れば全員無事なのでいない人間を確認するだけで簡単に特定できる。


「なにか心当たりはあるかい」

「いえ、学校では噂になってますけど」


 根拠のないものだとまでは言わなかった、しかし鶴城の表情だけで察したように不動は少し気の毒そうな表情を浮かべる。


「いつの世も無責任な噂ほど面倒なものはないもんだ」

「…………そうですね」


 他人にリスクを背負わせる噂ならば人はいくらでも振りまく。


「だが今回の噂は間違っていない方がいい類のものでもある…………君も友人は生きていた方がいいはずだろう?」

「それは…………はい」


 確かにその通りではある。

 もしも鶴城がなにも知らない立場であれば、友人が溶けて死んでしまった可能性よりはウィズとして生き延びていることを願うだろう。


「噂、といえば我々にも無責任な噂が流されている…………例えば我々がウィズに対して非人道的な扱いをしている、といったような」

「それは…………」

「聞いたことがあるようだね」

「…………噂程度ですけど」


 その手の話は湊が好んで集めていたので鶴城もよく聞かされていた。


「ですが噂は噂…………現に我々もウィズだ」

「えっ!?」


 鶴城は驚いて二人を見る。駅の事件を起こした水波という男が鶴城をウィズだと気づいたように、ウィズには同じウィズを見分ける感覚がある。


 しかし目の前の二人にはその感覚が全く働かなかったので取り繕うことも出来ずに驚きを露わにしてしまった。


「まあ、驚くのも無理はない。一般的なウィズのイメージの悪さから我々もあえてそれを公言はしてないからな…………だが実のところ対策機構の職員のほとんどはウィズによって構成されているんだよ。ウィズのことを一番よく知っているのは他ならぬ同じウィズだからな」


 だが鶴城の驚きを別の意味でとってくれたようで不動はそう説明する。


「まあ、何が言いたいかというと我々は敵ではないということだ。確かに我々は未登録のウィズを取り締まるような仕事をしているし、そのウィズが罪を犯していれば司法組織に引き渡すこともある。だが我々の本来の目的はウィズにきちんと国に登録してもらいその本来持っている権利を享受してもらうことにある」

「権利を享受…………ですか?」

「ああ、我々のように公職に就くウィズがいるようにウィズだからと言って自由の権利が失われるわけではない。確かに登録によって多少の義務が生じることも事実ではあるが、それも一般的な生活を損なうようなものではないんだ…………もしも君の友人がウィズになっているのなら我々に対する誤解を解いて登録の義務を履行してもらいたい。そうすれば以前と同じ生活は無理にしても君との交流を元のように行うことはできるだろう」


 だから何かわかれば連絡して欲しいと不動は鶴城に名刺を手渡す。


「聞きたいことは聞けたし私達は失礼するよ…………妹さんにもよろしく」

「あ、はい」


 鶴城は慌てて頷く。


「では」

「失礼しましたー!」


 来た時と同じように軽く頭を下げて不動と秋口は去っていく。

 その後ろ姿を見送りながら玄関の扉が閉まるのを鶴城は見守った。


「ウィズ対策機構、か」


 そして思い悩むように呟く。元々鶴城に対策機構に対する悪いイメージはそれほどない。

 湊から怪しい噂をよく聞いていたが、基本的にはあの朝話していたのと同じように彼は否定する立場だった。


 それなのに自身がウィズになった時にそれを隠すことを選んだのはウィズに対する世間のイメージが大きい。

 登録してウィズであることが世間に知られれば犯罪者予備軍のような見られ方をして平穏な暮らしなど望むべくもないと思ったからだ…………しかし違うのかもしれないと先ほどの不動の話で考えてしまった。


 それはそれでまともな人生を送ることが出来る可能性はちゃんとあるのかも、と。


                ◇

「で、機械の判定はどうだった」


 上凪家を後にして近場に停めた車に戻ると、不動は助手席に座った秋口に尋ねる。


「シロっすね」


 手にしたタブレットのような機械を見つつ秋口は答える。


「それは妹の方もか?」


 砕けた口調に顔をしかめつつも不動は指摘せず続ける。


「ちゃんと確認済みっすよ。お兄ちゃんのことが気になるのか隅っこで隠れてこっちを伺うなんてかわいい子だったすね」

「余計な話はいい」

「はいはい、妹の方もちゃんとシロでしたよ」


 肩をすくめて秋口は答える。


「…………」

「不動先輩はあの上凪少年を疑ってるっすか?」

「機械に引っかからなかったんだ、ウィズではないんだろう」

「じゃあなにが引っかかるんすか?」

「御子柴湊に関してだ」


 秋口はその答えに首を傾げる。


「連絡はないって答えてましたよね」

「そうだな、通話記録を確認してもそれに間違いはない」


 鶴城のスマホに連絡はないし、彼から連絡しようとした形跡もない。


「なら問題ないじゃないっすか…………それとも手紙でやり取りしてるとか思ってます?」

「いや」


 不動は首を振る。


「だがな、例えばお前が彼の立場だったらどうだ…………毎日一緒に登校するような親友が行方不明になって相手に連絡を全く取ろうと試みないなんてあるか?」

「…………多分何度も電話を掛けるっすね。メッセージを残したりもするっす」

「それが普通の反応だろうな」


 だが上凪鶴城は不自然なまでに御子柴湊への連絡を絶っている。


「その理由として考えられるのは彼が御子柴湊の現状を知っているということだ」

「やっぱり生きているんすかね」

「さあな」


 生きていても死んでいても連絡を取ることはないはずだ。

 前者なら互いに迷惑にならないよう控えるだろうし、後者なら意味がないから連絡をしない。


 だが可能性としては生きているだろうと不動も考えている。


「とりあえず、監視対象には追加しておく」

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