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プロローグ(4)

 駅での事件の後、鶴城は何事もなく家に帰ることができた。

 全て元通りになったとはいえ一度起きたことまでは無かったことにならないし、事件に巻き込まれた人たちもその全てを記憶している。彼も被害者として事情聴取を受けたが、他の人達と同じようにすぐに意識を失ったと証言してそれが通って家に帰れた。


 駅には監視カメラが備え付けられており、さらに鶴城は知らなかったがウィズであるかどうかを判別する機械も存在した…………けれどそれらは彼を何の問題もない一般人と判断したのだ。


 そしてそれは同行していた鶴城自身も素性を知らない少女に対しても同様だった。


「ほんと、お前さんは一体何者なんだ?」


 それらは全て少女の力によるものである。

 湊が去り、山積みの問題を前に頭を抱える鶴城に少女は自分に任せるように言った…………そして本当に何とかしてしまったのだ。


 監視カメラに映る二人の姿は無力に横たわるただの被害者となり、なぜかウィズの検査でも引っかからず、さっき会ったばかりのはずの少女の戸籍が鶴城の妹として登録されていた…………家に戻れば両親すらもそれを疑わない。


 とりあえず、少女がウィズであることは間違いない。問題はウィズとして考えてもやってることが破格過ぎるということだが…………鶴城はふと気づく。


「よくよく考えたら楔が機能してるところでも力使ってたよな」


 ウィズは世界を改変できる力を持っているがそれを無条件に使えるわけではない。

 例えるならウィズというのは世界という粘土を自分の好きな形にこねることができる能力者である。しかし楔によって現実が固定されている状態では世界は固くてこねることができない。


 楔が機能を停止して現実濃度が低下することで世界が柔らかくなり、それで初めて自由に世界を改変することができるようになるのだ。


 鶴城たちが事情聴取を受けていた場所は当然楔が機能していた。しかしその場所でも少女は平然とその力を使って二人の都合のいいように世界を改変している。


「私は、鶴城の願いを叶える者」

「またそれか」


 少女について尋ねると返って来るのはいつもその言葉だ。

 駅でも、家に帰る道中でも、そして今自室で向かい合っている状況でも少女は同じ言葉を返す。


 そして実際に少女は鶴城の願ったことを全て叶えていた。


「俺が聞きたいのは君の素性……………どこで生まれたとか、本当の名前とかだよ」

「私を生んだのは鶴城」

「いやいやいやいや」


 まるで意味が分からない。


「俺が君身を産めるような女性に見えるのか?」


 性別はもちろんだが年齢だって合わない。


「…………お母さん」

「だから何でそうなる」


 百歩譲っても性別くらいは合わせるべきだろう。


「お父さん」

「そういう意味じゃない」


 否定しながらも鶴城は何とか得られた情報に整合性を持たせようと思案する。

 生まれたばかりと主張するのは記憶がまっさら、つまりは記憶喪失と考えれば納得できる。


 さらにそれに伴い幼児退行が起こり、たまたま近くにいた鶴城を刷り込みのように保護者として認識したと考えれば一応の筋道は立つ…………気がする。


「鶴城、違う」


 だがそんな彼の考えにふるふると少女は首を振る。


「私は鶴城の祈りから生まれた」

「いや、そりゃ確かにあの時俺は祈ったけどさ」


 地獄のようなあの光景の中で鶴城には祈ることくらいしかできなかった。


「それで私は生まれた…………私、そう、私は鶴城の娘」


 自己を再確認するように呟き、少女は鶴城を見る。


「パパ」

「いやだから」


 呼び方の問題ではない。一体どこの世界に自分と同年代の娘を持った高校生がいるというのか。


「年齢」


 少女は首を傾げる。


「私は、零歳」

「見た目の話だから」


 どこにこんな見た目の零歳児がいるというのか。


「なら、これでいい?」


 すると少女の姿が僅かに発光と共に縮む。

 先程までは鶴城と同じ位の年齢だったはずの少女の姿は、一瞬のうちに小学生くらいの姿へと変化していた。


「…………!?」


 全裸から制服姿になったりしているし、湊という例もある。

 だからといって目の前でそんな変化を見せられて戸惑うなという方が無理な話だ。


「もっと小さいのがいい?」


 だが少女の方は彼の戸惑いを待ってはくれない。


「いやいやいや」


 慌てて止める。赤ん坊になられても困る。


「わかった、わかったから!」

「…………パパ?」

「ああうん…………もう、それでいい」


 別の方向に悪化されるよりマシだろうと鶴城はやむなく受け入れる。


「パパ」

「…………はい」


 諦めて頷くと少女の表情が心なしか嬉しそうに見える…………ような気がした。

 出会ってからずっと少女は人形のように表情がなく、いまいち何を考えているのかわからなかった。

 

 しかし今この瞬間だけは嬉しいという感情を露わにしているように見えた。


「パパ」

「はい、パパですよー」


 乾いた笑みで鶴城は少女に繰り返し答え…………大きく溜息を吐く。


「あー、もう呼び方はそれでいいから姿だけでも元に戻ってくれないか?」


 せめてそれくらいはと鶴城は少女に願う。

 同年代の少女と幼女のどちらにパパと呼ばれるのが背徳的かは何とも言えないが、見た目の年齢差的に問題が生まれそうなのは幼女の方だろう。


「元に?」

「ああ、さっきまでの姿に」

「…………」


 これまで鶴城が願えば少女はそれにすぐに答えていた。

 しかし今は思い悩むように視線をうろうろとさせる。


「嫌」


 そして拒否という結論を導き出した。


「…………なんで?」


 断られたこと自体は鶴城も気にしなかった。むしろ当人の言葉通りにひたすら鶴城の願いを叶えるだけの存在でいられる方が扱いに困る。


 大いに困惑させられてるとは言え少女があの地獄から自分を救ってくれた恩人であるには違いなく、そんな相手を便利な道具のように使ったりはしたくない…………問題はその理由だ。


「パパ」

「うん」


 それはもはや受け入れるしかないと諦めている。


「パパじゃなくなるの、嫌」

「う…………ん?」


 さっきまでの姿では否定していたから、戻るとまた否定されると思っているということだろうか。


「いやだから呼び方はそのままでも」

「や」


 しかし少女は見た目相応にダダをこねるように聞き入れない。


「…………はあ、わかったよ」


 鶴城は早々に諦める。説得は機会を見てまたすればいい…………少女が頑ななタイミングで無理をする必要はないだろう。


「でもせめて一目のあるところではお兄ちゃんと呼んでくれ…………一応妹だっていう設定なんだから」


 設定というか戸籍が捏造されている。もちろんそれは前の見た目の時のものなので今の姿とは相違がある。

 また少女の力で年齢だけ書き換える必要があるだろう。


「というかすっかり忘れてたな…………」


 戸籍で鶴城はふと思い出す。


「いのり」


 そう少女に呼びかける。


「?」


 それに少女は首を傾げる。


「君の名前だよ、名前」


 それは少女の力で戸籍を捏造した際に鶴城がつけた名前だ。

 事情聴取を乗り切るためにとりあえずつけた名前ではあるが、結局少女の素性が分からないままである以上呼び名は必要だろう。


「私の、名前?」

「そう、いのりが君の名前」


 少女が鶴城の祈りから生まれたと主張するところから取った名前だが、その場の思い付きにしては悪くない名前のように思える。


「いのりが私…………私、いのり」


 その名前を噛み締めるように少女は繰り返す…………先ほどと同じで心なしか嬉しそうに見えないこともない。


「ま、気に入ったならそれでいいさ」


 それでようやく一息付けたというように鶴城は胸を撫でおろす。

 実際のところ状況には何の進展もないのだが、その事からはひとまず目を逸らすことにした。


「…………」


 しかし目を逸らしてもやっぱり現実は消えなくならない。

 目の前にいのりはいるし、鶴城はウィズになったし、親友の湊とは二度と会えなくなった。


 昨日まではこんな世界であっても平穏に過ごしていたはずの彼の日常は粉々に壊れたのだ。


「平穏、そう平穏だ」


 それこそが鶴城の望みであり彼のウィズとしての力の原点。


「何とか元の生活に…………戻れるといいなあ」


 友人とくだらない話をしながら学校へ行く、そんな生活に。


「鶴城」


 その呟きを聞き留めたのかいのりが彼を見る。


「それが、鶴城の願い?」

「ん…………ああ」


 一瞬迷い、それでも鶴城は頷く。


「叶える?」


 それはすさまじい誘惑を秘めた言葉だった。いのりの力がどういうものか鶴城は理解していないし、その限界も知らない…………だがわかる範囲でもそれがとんでもないものであることは想像できる。


 あの駅のホームとそこにいた人々を元に戻したのはウィズとしての鶴城の力だ。

 しかし今の鶴城に同じことをしろと言われてもそんなことは出来ない。


 今の彼は自分の力を正確に把握できているが、その効果が及ぶのは精々今いる自室の範囲くらいだろう。それも完全に溶けて混ざり合った生物を元通りにするなんて無理だと感じる。


 あの時それができたのはいのりの力によって鶴城の能力が大幅に増幅されたからなのだろう。

 自身の力がウィズの中でどれくらいのレベルなのかわからないが、それでもいのりの力が並のウィズとは比べ物にならないことくらいはわかる。


「戻せる、のか?」


 だからこそその言葉に揺れる。無茶と思いつつ希望を抱いてしまう。


「現状では不可能」

「…………可能にするには?」


 否定の答えに食いつくように尋ねてしまう。


「上凪いのりを構成するリソースの使用」

「…………それはつまり実行するといのりは消滅するってことか?」

「可能性は高い」

「…………」


 その答えに鶴城は息を吐く。


「なら叶えなくていい」

「いいの?」


 不思議そうにいのりは首を傾げる。


「いいんだよ」


 少なくとも目の前の少女をしたら鶴城の心には永遠に平穏なんて訪れない。


「元の生活はまあ、頑張ればきっとその内…………なんとかなるだろ」


 それに現状はそう捨てたものではない。

 湊はいなくなったが鶴城がウィズであることは知られていないし、いのりの存在も鶴城の心境以外問題になる状態ではない。


 このまま色んな問題に目を瞑りさえすれば穏便に済みそうではあるのだ。

 まあ…………このまま何も起こらなければ、ではあるけど。


「…………」


 何も起こらないといいなと、鶴城は目の前の少女以外の何かに祈ることにした。

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