(6/8)諦めた方がいいかも
会社での中原さんがおかしくなってしまった。
オレを見かけるや真っ赤になってくるっときびすを返す。
そして『バーン!』とあの巨体で壁に激突。
オレも1回2回は『えっ紗莉菜ちゃん大丈夫!? 怪我しなかった?』って心配したけど、5回目ともなると
漫画なの? なんなのこの人? 漫画なの?
と心の五.七.五(ほんとは五.八.五)を読んでしまったのであった。
取引先と間違えて自宅に電話してしまう。『かやくご飯』をつけるつもりが間違えてうどんに『ミニうどん』をつけてしまう。携帯電話を取ったつもりでペンケースを耳に当ててしまう。
いや、いちいち面白いけどさ。大丈夫なの!?
オレは『バスタオルのクルクルまとめ髪のバレッタバッサー』は諦めた方がいいのではないかと思った。来週も再来週も会えるんだし、焦らないで1歩1歩進めればいいではないかと。
中原さんがコーヒーを注ぎ終わったのに更にマグカップにコーヒーを注いでしまいどえらいことになっている。
◇
土曜日が来て玄関を開けると中原さんが立っていた。ゆったりしたクラフトパンツに白のシャツだ。とても可愛い。
「いらっしゃい」オレは笑った。
「今日はマウンテンズのDVDを見たらNINTENDO Switchでもする? 夕飯には間に合うように駅に送って行くよ」
オレはなるべく、さりげなく『無理すんなよ!』という信号を送った。まぁあの中原さんのことだからどこまで伝わっているかわからないが。
中原さんはギュッとクラフトパンツの両端を握りしめて言った。
「夕飯はこっちで食べる。親には遅くなるっていった!」
ん?
泣きべそかいてる子供みたいに唇をギュッと噛みしめてるよ。なんかこう並々ならぬ決意を感じる。
「オレは嬉しいけど、あまり遅くなって親に心配かけないでね?」とオレは第2の信号を送った。
無理すんなよー。オレはそんなことで嫌いになんてならないからさー。
それからマウンテンズのDVDを2人で見た。メッチャ盛り上がった。「次はライブ一緒に行こうよ!」とハイタッチとかした。
そうそう。こういうのでいいんだよ。お家デートはこういうのでさ。
マウンテンズが終わったので「Switchでもするかー」と立ち上がるとオレは中原さんに足ごとタックルされた。
え? ラグビーですか!?
オレは派手に転んだ。中原さんがオレに倒れ込む形で覆いかぶさった。
オレを見下ろして中原さんがハッキリ言った。
「Switchはっ。やりません!!」
オレは上目遣いになった。
「じゃあ、何するの…………?」
中原さんがオレの唇を奪った。