(3/8)中原からの視点
そもそも。
中原さんがオレを好きになったのが、なんと入部後2週間。中原さんが取引先に『入社の挨拶回り』に出ていたころだった。
中原さんは両手に大量の荷物を持って社に戻ってきた。新人だし、大柄なので荷物を持たされる。部の入り口に到着して荷物を1回床に置いて。ガラスのドアを開けて荷物をドアの向こうに運んで。さらに自分もドアをくぐろうとしていた。
大変だ。
ところがそこに花沢が『さささ〜』っとやってきてドアを開けてくれた、というのだ。
◇
思わずオレは中原さんに「そんな事あったかなー」って言ったね。「全然覚えてないなー」
「そうだろうね。みっちゃん全員に親切だったもんね」
◇
ドアを開けたオレは「ありがと」の声も聞かず。ただ『にっこり』笑うと自分の課に戻っていったのだという。
『ドアとあの人の課10メートルくらい離れてるのに………わざわざこのためだけに来てくれたの?』中原さんは感激した。
「アタシさー。昔から男友達とかいっぱいいてさー。学校帰りにラーメン食べては『がっはっは!』コンビニ行って炭酸ジュース飲んで『がっはっは!』たむろしてきたんだよね。
物心ついたときには同級生でアタシが1番大きくてさ。荷物も常に1番重いもの持ってきたしそれを不満に思うこともなかった」
だからこそ。オレのさりげない親切が胸にせまったのだという。
決定的だったのは最初の本社同期会。
オレたち52期は総勢100名だけど、研修終わったら全国に散って本社は23名。
その23名で飲んだ帰りだった。
酔っ払って気分良くなった中原さんは同期の間に混じって歩道を歩いていた。ちょっとおぼつかない足取りだったと思う。月がきれいな夜で。急にオレが中原さんに声をかけてきたらしい。
「中原さん! 危ないよ!」って。
『うん?ああ。この人。ドアの人だ。花沢くんだっけ?』と思ったらスウッと中原さんの腕を引いて車道から遠ざけたのだという。
そして自分が車道側に行って、中原さんと並んで歩いたと言うのだ。
「しゃべるのはじめてだよね? オレ花沢です。花沢光彦。よろしくお願いします」
オレは、気づかなかったが。というか『そんなことあったっけ?』って感じなのだが。中原さんはエラく感動してしまったのだという。
あの時から1年後の今。中原さんはどう思ったのかを教えてくれた。
「アタシさー。中学校までは結構体操頑張ってたんだよねー」
知ってるよ。体操の全日本チャンピオンだったんでしょ?
「無敵って感じでさー。『お前だったら車が来ても跳ね返すわ』みたいな軽口叩かれててさー。アタシ自身も『おう。車がなんぼのもんじゃい。いくらでも跳ね返したるわ』くらいで」
うん。
「でも違った。人間が車に勝てるわけないんだよ。高1の夏。アタシは車に跳ね飛ばされて」
◇
ひき逃げ、だったのだそうだ。
中原さんは青信号の横断歩道を渡っていて、相手は居眠り運転をしていて、突っ込んできた。
その時の記憶はスッポリ抜け落ちているのだという。
気付いたら中原さんは病院のベットの上で身体中を包帯でグルグル巻きにされていた。家族が中原さんの周りを取り囲んで泣いている。
犯人は捕まったが、中原さんは内臓の1部を損傷。さらに足の靭帯を切ってしまっていたのだという。
「だからもう。アタシ走れないんだ」
走ることもできないし、体操もできない。せいぜい逆立ちしてお酒注ぐぐらいのことしかできない。
「オリンピックもいけるって期待されてたんだけどね。全部、ダメになって」
散々泣いたけど、じゃあもう。仕事で1番になるぞって。会社がアタシのオリンピックだって思って。
勉強をがんばり、就活も必死にこなして、この会社にトップの成績で入ったのだそうだ。
「そうは言ってもアタシの足の怪我とか周りにはなんにも関係ないからさ」
誰にも言ってなかったし、仕事の言い訳にもしなかったし、もちろん同期の誰もそんなことは知らなかった。
「それなのにさー。みっちゃんあの時スウッとアタシの側に寄ってきてくれてさ」
スウッと、体を車道から遠ざけてくれて。
◇
『ああこの人好き。もうメッチャ好き』と思ったものの、思えば思うほど緊張してきてしまった。
しかも。なぜか花沢の方からバンバンやってきてドンドン自分に話しかけてくる。
やってくる時は尻尾をふらんばかり。超笑顔。
『可愛い。昔飼ってた豆柴のペロみたい。超可愛い。ヤバイ。顔見れないわ』
となるべく顔をみないようにするのだが、とにかく花沢は話しかけてくる。
「たまーに顔見ると。『ヤバっ見ちゃった! ドキドキしてきたっ』と思わず目を細めてしまって」
あの『アリを踏み潰すゾウ見たいな目』の真相がこれだよ!!!!
◇
『好きもここに極まれり』と思ったのが会議室に書類を持って歩いていたときのことだという。
『たくっなんでアタシ1人でこれ全部運ぶんだよ。誰か手伝えよ』とプリプリしていた。
そこに声をかけてきた男。
「オレも運ぶよ!」
振り返ると大好きな花沢。思わず首を振って『いい。いい』と断ったのだが、構わず書類を半分もってくれた。
「運ぶよ。女の子にこんなに待たせて」
花沢くーん! アタシのこと『女の子』なんて呼ぶのアナタだけよ! いつも『オレたちのなかで1番強い男。中原』って言われてるんだからさー。
2人並んで歩けるこの幸せよ。
ところが、中原さんは気付いてしまったのだ。『会議室では2人きりになってしまう』ことに。『静かな会議室でアタシの心臓のドキドキが聞こえてしまう』ことに!
オレはのけぞった。「抱き合ってるとかでもないのに、心臓の音なんて聞こえるわけないでしょ!!」
「聞こえるよー。めっちゃドキドキしてたもん」あの時のことを思い出して中原さんちょっと泣きそう。「アタシ絶対変なこと言うって! 顔も真っ赤になるって! 好きなの絶対気づかれるって!!」
いいっていってんでしょ!!! 早く書類のせてよ!!!!
これは中原さんの魂の悲鳴だったのである。
『絶対好きなことバレるってーーー!!!』
という叫びだったのである。
作者注→作品内に『(靭帯を損傷したため)走れない』という表現がありますが、私が調べる限り靭帯損傷によって『走れなくなる』という事実を確認できませんでした。
正確には運動機能に支障は出るようですが『再建手術』という道があるようです。
ただ、オリンピックに出れるほど靭帯が回復するかというと難しいのではないかという印象です。日常生活はそれほど問題ないようです。
専門的なことまではわからなかったので、文章はそのままにしましたが、なにとぞご了承いただきたく一筆書かせていただきました。