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薬師と仔狐の乱  作者: 蝸牛
第一部
9/31

ピツー、と遠くで鳴く燕の声を聞いて、紫翠は目を覚ました。

昨日は何していたんだったかと頭をかいて、隣に眠る親友を見つけ納得する。

そうだ昨日は、美しい夜桜が見えたから、結香を連れてきて見ていたんだ。

結香の目はまだ覚めないが、寝所に寝かして適度に世話をするだけでは何となく可哀想だと思ったのだ。


今日も辺りに彼岸花は咲き誇る。


月日がたつ毎に立派になっている美しいそれに頭を抱えるが、もうそれに抗う気力も無かった。

過ごせる年月は少ないと、すぐにお別れになると覚悟はしていたが、実際に別れの時が迫るとこんなにも自分は卑怯で意気地がない人間だったのかと失望する。

泣きつかれて枯れた瞳から涙がこぼれることはない。暖かくない手を繋いで、起きたときにきっと寂しくないようにと、一緒に逝くと言えるようにと紫翠は今日も日々を死人のように過ごす。



次に目が覚めたときは、昇り始めていた太陽はすでに空高く昇っていて、春の香りが強く屋敷のなかに満たされていた。

縁側の障子を開けておいたからか紫翠たちの眠っていた畳からは生命の薫りが漂っていた。


何処かからにゃあにゃあと猫の鳴き声がする。そういえば猫の恋の時期だなと頭の片隅で思った。

起き上がれば、結香の長い髪の毛になにか白いものがついているのが見える。

季節外れの雪かとも思ったがそんなことはなく、白梅の花弁だった。

手にとって、近くにあるのだろうかと考えても見るが別にもうどうでも良かった。


庭の外を見れば、陽炎が立ち上っているのが見えたが、結香曰く陽炎等ではないから近づかない方がいいとのことだ。

特に春先によく出現し、とりついた人間の生命力をすいとる蚊のような低級妖怪と聞いたがその陽炎のようなものは昔見たものよりもかなり大きい気がする。


それ以外で言えば、八重霞といい、燕といい白梅といい、そこにいつもと変わらない長閑な春永の光景が不気味に正しく繰り広げられているだけだった。

暖かい春陽にあたり、ぽかぽかとまた紫翠は微睡みはじめる。

紫翠も、結香も居ない世界はこうも鮮やかに色づいているのだから皮肉なものだ。

この孤独で可哀想な狐のいなくなった世界など、紫翠にとって味気のない白黒だった。

だからこそ夢に逃げる。夢の中にあるあの夏は、いつも紫翠を優しく迎え入れるから

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