貴方が愛してくれたから
「誰も愛しやしないわ。そんな価値のないもの」
その言葉を聞いた瞬間、かっと頭に血が上った。紫翠を見れば、頬が腫れている。引っ掻き傷が出来て、血が滲んでいる。
紫翠の顔は見えない。けれど、見たこともないくらい怯えているのが解った。握った拳が、悲しげに緩められているのが解った。
紫翠、紫翠!
『結香をバカにするな……!
彼奴は愛されない奴なんかじゃない! たとえだれに嫌われたって、オレが結香を愛し続ける!』
僕がそれを聞いたとき、どれだけうれしかったか。
愛されないと、僕なんかでは何も出来ないと断じた僕に否定を返したのは君だけだった。
けれど、それこそが、君の言って欲しかった、心の底から求め続けて、あきらめた言葉だったんだね。
「何か言いなさいよ出来損ない。あんたなんかね、あの人の子でなければ見たくも」
「いい加減にしろッ!!」
びくりと肩を震わせた紫翠を見ていられなくて、大声を出す。愛情深い紫翠にとって、育ての親に存在否定されるのはどんな心地なのか。
何故こいつはわからない。何故紫翠は言い返さない。
何故紫翠を見てやらない
「結香……?」
「あら、何よ貴方。今不出来な息子の躾をしているの。邪魔しないでくれる?」
「………………あんなものの、何処が躾?」
声が不快。臭いが気持ち悪い。こんなもののそばに紫翠を置いてやれるわけがない。
「躾というのは子が自立したとき、困らないように物事を教えてやる家族の愛だ。罵倒に、暴力など、愛ではない」
「っこの!」
女が簪を解き、振り下ろす。やってみろ、それでお前の大好きな世間体とやらは永遠に失われる。そんな思いで、鎖骨に直撃するであろう簪を見上げていた。
どすり。
鈍く、重い音が響いた。痛みはない。何故、考える暇もなく、目の前で広がる赤。暖かい。抱き締められている。
「し、すい……」
「ばかか、おまえ、は……兄ちゃんに、任せときゃ良いんだよ」
「っきゃあああああああああああああ!」
女が叫ぶ。自分でやったくせに。
深く貫通した簪。致命傷ではないが、早く手当てしないと間に合わない。どうしようか。たしか書物に書いていた。思い出せ、思い出せ……!
紫翠を抱き止め、血をこれ以上失わないように狩衣を破ってしっかり巻き、圧迫する。これを続けなければいけない。狩衣は、僕がいつ死んでも良いように浄衣の筈。
ゴッと、頭に鈍い痛みが走った。女が石を構えている。まだ僕を攻撃したいようだ。だがもうどうでも良い。
お願い紫翠、愛してるから生きていて




