てんしさま
その日、おれは、てんしさまにであった。
「あれ、君……」
きれいな黒髪のてんしさまは、おれを見て傘をさしのべた。上等なかりぎぬがぬれるのもいとわず、寒いだろうと抱きよせてくれた。
母は人間、父は猫又の間に生まれたおれは、変化のできないでき損ないだった。そんなおれを父は早くに見捨て、やさしい母が育ててくれたのだ。
今日はそんな母のお使いで市に来た。傘は、使うのがもったいないから持っていない。
「君は猫又ですか。こんなに小さいのに、雨に濡れても平気だなんて……偉い、偉い」
「え……」
だから、そのくらいでほめられるのなんてはじめてだった。つり銭はすきにしていいと言われているんですよと言って、団子をかってくれた。甘いものなんて食べたことがなくて、おどろいてしまった。
「そんなに急がなくても団子は逃げませんよ……ふふ、君も弟みたいで愛らしいですね」
「? てんしさまは、きょうだい、いるのですか?」
抱き締めて撫でてくれた手は暖かかった。笑った顔は優しかった。匂いが嗅いだことのない太陽の匂いのようで、抱きあげられるのは心地よかった。
大きな手で、しっかりと体を支えてくれているのが頼もしかった。
「て、てんしさま……?
さぁ……ね。遠い昔は居たかも知れませんが、今は妹一人と、兄一人です」
あぁ、君もいれると弟一人になりますね。
そういったてんしさまは、おかしな遠慮のようなものも無くてきれいだった。
母が良いところのご令嬢なため、弟のように扱ってくれる人などいなかった。
何よりこんなにも気味の悪い半妖など、関わりたくない。
だけど、てんしさまは、てんしさまだけは、おれ自身を見て、傘を向けて、ずうっと降り続いていた雨を止ませてくれた。
いつかこの人に、恩返しがしたい。たとえ寿命で死んでも、亡骸のそばで守り続けたい。お側にいたい。そして、生まれ変わったてんしさまを、支えて生きていきたい。
いつかこの人と。
「さてそろそろ行かなくては……またつつじちゃんや紫翠に怒られてしまう」
はたと気がついたてんしさまはおれを地面におろす。
まって、てんしさま、おれにはあなただけしか
「……?」
ついつかんだかりぎぬにひっぱられ、てんしさまはこちらを振り返った
「あなたのおなまえを、教えていただきたい……のです」
「名乗っていませんでしたか。失礼しました、僕は結香です。君は?」
「おれは……」
朝霧。
朝の霧が立ち込めるとき、貴方と出逢ったから




