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薬師と仔狐の乱  作者: 蝸牛
第二部 雨の牢獄
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三味線

夜になると、この雨の檻に囲われた場所にも活気が満ちる。

ちんどんと祭り囃子に響く太鼓、雨など関係もなく客間からは遊女の嬌声が各々聞こえ、聞こえない場所からは遊女が淫らに男を誘う声が聞こえる。


禿達は成長後にお得意様になってもらおうと各々下手ではあるが誘惑しているし、客座敷ではそれに下心を持って近付く男供の下品な動作が気にかかる


愛と欲にまみれた、天国のような地獄のようなその遊郭に、俺が芸を見せるようになったのは何時からか。


最初は薬師として勤めていただけだったが、とある男に見初められ無理矢理襲われそうになったことからこの見た目が利用できるとここの楼主が考えたらしく、見た目を有効活用しながら三味線や琴を披露し客を満足させる事を命じられた。


嫌がってるのに見世物みたいに扱うなんて酷いと怒る結香に、共寝を命じられなかっただけ良いと返せば共寝ってなに? と帰ってきたので説明は控えた。


「さて、そろそろか……」


三味線を持って立ち上がり、舞台に上がろうとすると。

すっと、見覚えのある細い手で制された。

上質な狩衣に、濡れ羽色の美しい髪がふわりと舞う。

その気品溢れる立ち姿からして普通の子供ではないと感じさせるその少年は、まるでそれが当然のごとく皆が注目する前に堂々と座った。


「おい、何だあの子供は!」「顔を隠してここに来るなど、よっぽど自信がないと見受ける」「あやつは……いつもここで三味線を弾くあの子供はまだか!」「おいおい、まさか彼奴が代わりなど言わないだろうな」


客座敷の至る所から結香に対しての文句が上がる

だが予想よりも文句の数も声も小さく、清廉な、重みのある姿に、結香は言葉を発していないというのに誰もが圧倒されている事が解った。


だがそれでも聞かせたくないものは聞かせたくない。うちの幼馴染が傷付いたらどうしてくれる!


「――――今宵は、紫翠殿が出てこられる前、前座を置かせていただきます」


……と、つつじの声が響く

おいおい嬢ちゃん……そりゃちょいと無理があるぜ……


「前座だと?」

「ええ」

「不要だ!今すぐあの子を出せ!」


ほら、やっぱりこうなった。頭を抱えて見ていると、文句など素知らぬ顔で対応するつつじ。

嬢ちゃんあんまり好き勝手やってっと怒られちまうぞ


「おや、貴方は待ても出来ないと仰る」

「な、なんだと」


表情を変えずに挑発するが、結香の越えるべき壁がどんどん上がっていっている。

だが、文句をつけていた男は黙りこくった


静かになりましたねと満足そうだが、これ大丈夫か?



ゆっくりと結香は三味線を手に取り、厳かに弦に触れた。



「……っ!?」


瞬間、全ての人間を圧倒するかのような演奏をし始めた。姿勢はぴんと伸ばしたまま、難なくこなしているように見えるがそれがあり得ないほど堪能だ。

熟達しているようで初々しく、全ての良いところを取り入れたのようなものだ。


嫋々と全ての人間の心にその音が絡み付く。

結香自身の落ち着きようもあり、圧倒的な力を見せつけた。

曲名はなんなのだろうか。最早上を行きすぎて曲名すら解らない。


いやいや……こんな演奏の上を行くものってどんなだよ……むりだろ


永遠とも思われた時間は終わり、結香は演奏の手を止めた。

終いの礼をして、何事もなかったかのように立ち上がる。当然正座をしたからと言ってふらつくこともない。


子供の手には大きな三味線を抱えて客座敷からでる結香は、やっとわかったのだが黒い狐の面をしていた。


「ま、まて! お主名は何と言う! 名を名乗れ!」


どこかの大名だったか、お世辞にも痩せているとは言えない脂ぎった男が勇んで結香を引き止める。

だが結香はそれを無視し、障子の方まで歩いていく。

じれた男が一歩踏み出そうとすると、結香はくるりと振り向き、男を見据える。



「…………また会える日を、楽しみにしております」



そして、首を傾げた。雰囲気で笑ったと解る。

儚い声も相まってか、深窓の令嬢のような、どこか底知れぬ、庇護欲をそそらせる少年のように思わせたのだろう。

今まで強気とは言わないが、凛とした印象の少年がそんな儚げな雰囲気を出すことによって、遊女とはまた違った誘惑にほいほいと男達はひっ掛かる。


「なんと愛らしい声なのだ……」「あの少年の正体は?」「素晴らしい三味線の音だ。是非とも共に来てほしい」


そんな声がする客座敷の襖が閉まり、ぱたぱたと結香が駆けてくる。

今日はどうやら俺の出番はないらしい。結香と共に上に上がった。当然客間の前では耳を塞ぐ。

しかし今日の結香は一体……



自分達の部屋につくと、結香はまず面を外す。暑かったようで顔が赤くなっていた。そうして耳をごそごそさわっている。何が起こるのだろうかと見ていると。


ぽんっ


間抜けな音と共に、耳栓が抜かれた。


「つつじちゃんに入れられてたの」

「……じゃあお前あの台詞……」

「? お客さまに失礼だから、また来てねってちゃんと言ってって。つつじちゃんが」


……とんだ小悪魔だな。二人とも

特に、嬢ちゃんは確信犯か。

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