「友達だからと、何でも聞くのは違うでしょ?」
薄墨で、薬効を説明する紙に最後の仕上げとして絵を描き入れていたら、狐の幼馴染みが部屋に戻ってきた。
「おかえり結香」
「………………ただいま」
心なしか、というかかなり機嫌が悪い気がする。
俺はなにかをやったのだろうかと首をかしげるが、どうしても心当たりがない。
「襖はちゃんと閉めろよー」
「……うん」
パタンとしっかり閉め、いつもは嬉々として何を書いているかよく解らない巻物を手に取りに行くのに、今日はそれがない。
珍しいこともあるものだと作業に集中し直した。
麻黄湯を作れば良いか……というか本当悪化するまで放置するのはやめてほしい。材料費かかるし配合も大変なんだぞ……
雨が上がればいっそ取りに行くか。
からりと丸窓を開け、外の様子を見る。
三階の、心中を図った遊女の部屋だったと言うそこはなかなか綺麗な場所だった。
たしか、もともと梅毒にかかっていたとか。
雨の音が、記憶と重なる。
――――母さん!
迷子のような子供の声が、必死に伸ばした小さな手が、似ても似つかぬ薄汚れた己の手に重なった。
あぁそうだ。
あの日も、こんな雨が降っていたっけな
ぽす、と隣に誰かが座る。
そのままこちらに体重をかけてくる誰かだが、痩せすぎて一切動かない。
「うお、なんだなんだ結香。あまり力むとまた体調崩すぞ? あとで構ってやるから、今日のおやつ食べられなかったこと気にしてるのか?」
「……もー」
ぷう、と結香の頬が膨らむ。これは出会ったときからわりとしていた仕草で、怒っていますよ、と臆病な結香らしく静かに主張しているのだ。それがやっぱり子供のようで、お兄ちゃんぶったところでまだまだ子供だなぁと可笑しくなった。
「紫翠」
「ん」
ぐいっと身を乗り出した結香の頭を撫でれば、違うよぉとぷるぷる頭をふられた。
「紫翠はいっつも的はずれだよ」
「ちがかったか、そりゃ悪い」
けらけらわらえば、むぅと更に頬を膨らませた結香。
本当に何故怒ってるのか解らず、首をかしげている。
と。
ふすっと空気が抜け、結香の拗ねていますの主張がおわった。
「うんうん、察して感じてじゃ解らないけど、言いたくないことはやっぱり言わなくても良いよね」
本人は満足げににこにこ笑っているが、俺は解らない。
「話したくなったら話してね」
「…………おー」
この幼馴染は時折、本当は何でも知っているかのような、秘密を赦すような態度を見せることがある。
褒めるとすぐ調子に乗るから、言わないけれど。




