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薬師と仔狐の乱  作者: 蝸牛
第一部
2/31

仔狐と薬師

紫翠という子供は、口調や見た目に反し、細やかな場所に気がつき、気遣い上手な子であった。

その薬師という職業柄食べられる野草、毒草の種類や効能にとても詳しく、無知な結香に様々な知識を与えてくれる。

紫翠が初めて結香の住む屋敷に来てから一月が立つが、流れの薬師などとうたいながら旅立つ様子がない。

この辺りで病などは中々無いから、こんなところにいてもいいのかと結香は聞くがいつもはぐらかされてしまうのだ。


「しかし、困ったなぁ」

「何がだー?」

「紫翠。いいや、こちら側の話だよ」


厨から聞こえる声をはぐらかしながら結香は巻物を紐解く。

手枷は変わらずはめられており、足枷も窮屈であるが結香の力では外せなどしないからそのままにしてある。

全盛期である九尾の時ですら外せなかったのだ。今の弱った結香の力ではたかが知れている。

桜はとうに散ったが、葉桜となるには未だ間がある為この辺りは殺風景だ。

薫る風は下町の匂いをかすかに運び、鳥や動物も息を潜めて暮らしているからかこの辺りはとても静かになる。


結香は辺りを見回すのを辞め、再び巻物に視線を戻す。

そこに書いてあるのは、とある伝承。

太陰暦と太陽暦。美しい古の姿が崩れ去るその日。

新しき日々が幕を開ける。

大昔に一度あったそれがもう一度起こるとき、世界は闇に包まれ強欲な人の子は本当の地獄を知ることになる。

妖と人の均衡は崩れ、妖の支配する世界が訪れる、と。


結香はそんなことは微塵も望んでいない。


少し残酷で、身勝手で、それでも優しくあろうとする人の子が結香は好きだった。

何も力がないからこそ、人の子こそがなにかを成し遂げられると信じていた結香にとっては、自分達に支配権がもたらされることが何より嫌だった。


それでも主は、喜ばしいことだと仰る。


期待はのし掛かる。結香は己への期待が失望へ変わる姿を何度も見てきた。

結香だって期待に応えたくないわけではないのだ。しかし、応えようとすると手枷が重く重くのし掛かって結香を動けなくしてしまう。

ほら、お前の力なんてこんなものだと手枷が笑ったような気がして、どうしても一歩先に進めないのだ。

ここに紫翠が居たのならば、手枷をかけておいて今更重荷にしかならないような期待をかける方が悪いと一刀両断したことだろう。

結香は紫翠のその性格を好ましく思っていた。


「結香、何考え込んでいるんだ」


いつのまにか後ろにいた紫翠に苦笑しながら結香は何でもないよと嘘をつく。

巻物を素早くしゅるりと畳み、懐に入れた。

結香は体が弱く、無理やり力を抜かれたため生命力が低い。

かけた知識も多く、一匹ではどうせ死へ向かうだけの存在だ。


結香にとって、紫翠はそんな中の光明であった。


「紫翠の事好きだなぁって思って」

「……ふぅん」


紫翠はそれが誤魔化しであることを見抜いていた。

しかしそれを言及することはしない。

紫翠にとって、結香の称号や過去など既にどうでもよく、共にあれれば良かったのだ。


「結香、雑炊を作ったんだがどうする?」

……食べるか?


気遣わしげに問われた言葉に苦笑を返し、結香は頷く。あぁ言えば食べるとわかっていっているんだから世話ないなぁと心の中で呟き、器を受け取った。


その瞬間


「っ、げほげほげほっ」

「結香!」


何かが競り上がって来る感覚がして、大きく咳き込む。

止まらないかと思われたその咳は、結香の掌へ生暖かいなにかを吐き出して唐突に止まった。


「……ぁ」

「血……?」


鮮血が結香の掌を覆い隠す。それは白い着物へと侵食していき、咄嗟に庇った雑炊にかかるまえに結香が外へと捨てた。

静寂が、辺りを支配した。


先に話し始めたのはどちらだったか


「ごめんな、紫翠。僕、あまり一緒に居られない」

「……あぁ」


紫翠は、眉を下げて泣きそうに笑う結香の姿を見て、その言葉を静かに受け入れた。

結香は、一瞬くしゃりと歪んだ紫翠の顔を見て、残りの日々をせめて笑顔で過ごそうと決意をした。

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