はじめまして
ぱん、と洗濯物をはたく景気の良い音が響いた。
ことことと味噌汁の匂いがふわふわと朝の遊郭に漂い、数人が目を覚ます。
朝日が気持ちよく吉原遊郭を包み込み、本日仕事がない遊女達が眠い目を擦りながら食堂にやって来る。
「つつじちゃん……今日はずいぶんと用意が早いわねぇ……」
眠気の混じったお局様である琴の言葉に、他の遊女達や手伝い達も頷く。
味噌汁を人数分配膳していたつつじは、にこっと笑って無言で庭を指差した。
そこには。
「おはようございます、お姉さん達。結香が朝食を用意しているから、ゆっくり召し上がってくださいね」
そう言い、美貌を駆使して輝く笑顔を見せる紫翠の姿があった。美しい濡れ羽色の髪と目に微笑みをのせて、後ろに射した朝日にきらきらとあせが輝いているような錯覚を覚える。
爽やかに笑った紫翠に見とれている遊女も多数いる。
「この人は紫翠お兄ちゃん。私が昨日一人で買い物してたときに、送ってくれた一人なんですよ」
「まぁまぁ……つつじちゃんがお世話になりましたわ……」
「綺麗な子……ここで働かない?」
「男の子だけどこのくらい綺麗なら関係ないわよ」
どうやら気に入られたようだ。
紫翠はにこにこと笑って遊女達の言葉をかわしている。
「ねえ様達、早くご飯食べちゃってくださいな」
「あらそうだったわ」
「ごめんなさいね、つつじちゃん」
「今日は何だか具材が違うみたいだけれど……つつじちゃん作り方変えたのかしら?」
そそくさと席につく遊女達。どうやら下働きのなかでも幼いつつじは可愛い妹扱いされているようだ。
一人の遊女の味噌汁への疑問に、あら本当だわと注目が集まる。それを見て、つつじは得意気に胸をそらせた。
「もう一人の送ってくれた人が作ってくれたんです!初めてやるって言ってたのに、とても美味しいんですよ!結香お兄ちゃんっていうんですよ!」
「ふふ、そういってくれて嬉しいですよ、つつじちゃん」
厨房ののれんをくぐって出てきたのは、なんとも笑顔と声が優しく、おたまをもつ姿がどこか様になっている少年だった。
元来所作は上品に躾けられているのか、作務衣が寧ろ違和感を発しているくらいだ。
「素敵な笑顔……」
「でも顔は普通じゃない?体つきもそこまで良くはないし……」
「馬鹿ね、それが良いのよ! 私色に染められるじゃない」
「それもそうかしら……あの純粋そうな、気弱そうな瞳が庇護欲をそそるわね……」
普通ではない 遊女に 火がついた!
跳ね回る黒髪二人を見て、俺も自然と笑顔になる。
今日は夏には珍しい雨が降っていた。
縁側から雨垂れが石をボタボタと穿っていて、それほどまでに大粒で激しい雨なのだと一目で解る。
むわっとした雨独特の匂いが、今外で結香と遊んでいるつつじって名前の嬢ちゃんがまわりに頼み込んで住まわせてくれた、ここ、吉原遊郭に満ちた。
洗濯物を危機一髪で取り込んでおいて良かったと室内に干しながら思う。
「つぎ、次はなにしよう!」
「鬼ごっこはどうでしょうか?」
「どっちがおに?」
「つつじちゃんの好きな方でいいですよ」
きゃっきゃっと楽しそうに話す声が聞こえてくる。
先程までだるまさんが転んだと騒いでいたのに、子供の興味の移り変わりは早いなと自分も子供なのに思ってしまうのは、あちらの純粋さが眩しいからだろう。
「結香お兄ちゃんは鬼ごっこすぐ手加減するからや!」
「僕はつつじちゃんのお兄ちゃんですからね、可愛い妹に笑顔でいてほしいんです」
遠くの方で結香のことを覗き見ている遊女の姉ちゃんたちが、へにゃりと眉を八の字にして、ほほをほんのり赤くして困ったように笑う結香を指差して何やら盛り上がっていた。
お兄ちゃんぶる結香は、知り合いの家の末っ子が、もっと小さな子に向かってお兄ちゃんみたいに振る舞う姿にそっくりで可愛らしかったし、嬢ちゃんもお兄ちゃんお兄ちゃんと言ってどうやら俺より結香の方を慕っているみたいだ。
あの年頃だと、結香が姫扱いしてくれるのが嬉しいのだろうか。
いくら可愛らしいと言ってもまだ幼い子供だから、嬢ちゃんは大人の女性扱いしてくれるのが嬉しいのかもしれんな。
「捕まえましたよーっ!」
「あーれー! お助けー!」
「よいではないかよいではないかーっ!そーれ兄に逆らう妹にはくすぐり攻撃ですよっ! 鬼ごっこしたら中に入るって言いましたよねー!」
「きゃははははははっ!ごめんなさいお兄ちゃんっ!きゃははははははっ!」
ってこら!おまえらそんな言葉どこで覚えてきた!
嬢ちゃんを擽りながら遊郭の中に入れる結香と、まだ遊びたい嬢ちゃんの攻防は面白いのだが、使っている言葉がこれからの結香と嬢ちゃんの情操教育に多大なる影響を及ぼすからやめてほしい。
いったい誰に教え込まれたんだ。共に旅をするようになってからそういう知識からは引き離してきたのに!
どちらも純粋培養だからか意味がわからず使っているのが救いだな。




