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薬師と仔狐の乱  作者: 蝸牛
第二部 雨の牢獄
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通り魔と遊郭

場面変わって、1526年、7月18日。


「結香、これやるよ」

「? なに。これ」

紫翠が渡してきたのは新品の、新緑色をした手帳。

「帳簿をいくつか買おうとしたんだが、計算を間違えてひとつ余ったんだ。日記にでも使ってくれ」

「……わかった」

そういえば、昔の自分も日記をつけていたみたいだなと思い返した。


うだるような暑さと青々とした木々がなんとも目にいたく懐かしいような暑いような。


「通り魔……ですか」

「おうよ。まるで噛み千切られたかのような怪我で死んでいた仏さんがここいらで見つかっててなぁ」

「それがどう通り魔の仕業になるんだ?」


団子屋にいた気の良い男性の隣に座って話を聞く。

反対隣に座った紫翠が最もなことを聞いた。

それもそうだ。噛み千切られた跡なんて、この近くには野犬も多いしよく聞く話だ。

人の仕業にする方が無理があるだろう。

男性は食べ終わった串を皿に戻して、おどろおどろしい声を出した。


「それがな……その噛み跡が、信じられないぐらいでかいんだ……」

「そ、そのいい方やめてくれません……?」


僕は妖怪だけど、そういう怪談話とかはかなり苦手なのだ。

おどろおどろしい話口調で、それだけで何かが出てきてしまいそうな気がする。

しかし紫翠をちらりと見れば紫翠は興味を持ったようで、目を輝かせて続きを促した。


「噛み跡はどれだけ大きいんだ……?」

「よく聞いてくれたな兄ちゃん!それがな……」

「……?」

「……」


男性が俯いて無言になる。こちらの方にうつむいたまま方向転換してきた。

何が起こるのだろうとそっと塞いでいた耳をはずすと……


「っこーーーんくらいだってよ!」

「ぅっきゃあああああ!?」


ばっ!!と大きく広げられた腕と突然の大声に悲鳴をあげてしまう。

じわっと涙が滲んだ先で紫翠は大口を開けておもいきり笑っていた。

がたん、と体が崩れ、まずいと思ったときにはもう遅く、受け身をとるしかできなかった。


どさっ


後ずさった拍子に、地面に落ちて尻餅をついてしまう。

それを見て神妙な顔をしていた男性もとうとう吹き出し、紫翠と同じように笑っていた。



「あんた良い反応するなー。是非通り魔には気を付けて人探しを続けてくれよ」

「は?本当の話なのか?」

「え」


本当の話?


「あの、お兄さん少々よろしいですか」

「おー、どうした?」


本当の話なら話は別だ。鋭い牙という時点で獣の妖に選択肢は絞られたため、あとは相手の正体を突き止めるだけだ。

相手が犬神でないのなら勝機はある。


「その、通り魔は今までどこら辺に出てきていましたか?」


まずは聞き込み調査から始めた方がいい。紫翠の呆れたような諦めたような笑顔が印象的だった。

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