九尾狐の懐古
あふ、と大きなあくびで目が覚めた。
外ではチュンチュンと雀が鳴いていて、白昼夢を見ていたのだと、骨ばった自分の掌で思い出した。
此処は現代、ボロアパートの一部屋。
僕はがしがしとぼさぼさの頭をかいて、意識を覚醒させた。
「……なんちゅー夢だ……」
昔の、僕にとっては短くて、人にとっては長い旅路の始まりの夢。
伝承にも乗らない、口伝でも伝えられていない忘れ去られた世界を救う英雄譚は、いまも鮮明に頭の中で思い描く事が出来る。
窓の外が朝日によって少しずつ赤くなっていくのをみて、まだ時間があるなと判断した。
ベッドから降りて、久々に鍵のかかった引き出しに近付く。烏天狗の友人である結弦が、エロ本探しと言いながら部屋の中を漁るので、大事なものはここの中にしまってあるのだ。
「漣と結弦がいたら、プライベートなんてあってないからねぇ……」
左手薬指にはめた銀の指輪を引き抜いて、変化を解く。
「まぁ流石に彼奴等も、これには手を出さないデショ」
変化を解かれた指輪は、愛を誓うなんてものでは勿論無く、無機質な鍵である。
当然交換した相手も居ないが、偽物の婚約指輪とはいえ僕の得意分野である化かしを見破れる妖怪なんていないに等しい。
とくに海坊主とか烏天狗とか、そういう狐系統の妖怪ではない妖怪にはこんな嘘をつくのは朝飯前である。
かちゃん
軽い音を立てて鍵が開く。
引き出しを引っ張ると、やはり埃が舞った。
「けほっ、けほっ、やっぱやめてほしーよねこれ」
ぱたぱたと手を振って埃を払う。
キリがないから見えないけど手ぇ突っ込んじゃえ。この辺かな? あっちがう。あれ? この前はここにいれたのに。
……あった!
「あったあった」
ぱんぱんと取り出した冊子の埃を払う。
冊子の装丁は古く、和綴じの若草色の表紙をめくれば、角ばった筆跡で黄ばんだ紙に日付と一言ずつその日の出来事が纏められていた。
1526年、7月18日。
この日から始まっているその一言日記は、まだ続けているものだ。
鍵のかかった引き出しには、静かに眠る僕の大切な記憶たち。
昔の夢を見たことだからと、読み返してみようと思ったのだ。
テストの丸付けが終わったから寝ようと思っていたのだが、気が変わった。
どうせ今日は休みだし、ちょっと起きていてもいいだろう。
カラコロカラコロ、と、忘れることのできない高下駄の音が、頭の奥で響いて来る。
橙色の提灯の光、不可思議な通り魔事件、野一面の曼殊沙華に雨の香狛犬、首 吊り化け猫――




