決断・後
そうであれば、どれだけ良かったか
ぼんやりと霞む瞳に、先程までの様子とはうってかわって熱でも出たかのようにかっと熱そうに火照る体。
結香のまわりに灯った炎がぽすん、ぽすんと消えていくのを見て、紫翠は悟った。
もう、だめだ。
「結香!!」
崩れ落ちる軽い体を抱き抱えた紫翠は、上質な紙のような真っ白な結香の顔色と濁った瞳を見て、死の前兆を感じとる。
どうして、と声にならない叫びがせりあがってこぼれ落ちそうになる。
どうして、結香ばかり、紫翠ばかりこんな目に遭うんだと。
結香も、紫翠の絶望しきった顔を認めて、あぁ自分はもう生きられないなと妙な確信を抱いた。
その証拠に、満ちていた力もどんどん消えていき、いまなんて自分の力で立つことすら難しい。
何故か覚悟が決まっていて、焦る紫翠をただじっと見ていた。
泣いてもいないのにぼやける視界に、遠のく意識。
誰が見ても、結香の息はあと少しで止まると確信できただろう。
ぽたり
結香の頬に、なにか冷たいものが落ちた。
大粒のそれは勢いを増していき、ぽたぽたとたくさん落ちてくる。
能天気な小狐は雨だろうか、紫翠が濡れてしまうと考え、辺りに雨宿りできそうなところがないかめを凝らす。
しかしどれだけ見ても、雨など降ってきていない、綺麗な青空と桜が何事もなかったかのように存在するだけだった。
けれど雨はやまない。
それでやっと気がついた。
(紫翠が……泣いてるんだ)
それは結香にとっては衝撃的なことだった。
紫翠とは、絶対で、格好よくて、弱点なんてない少年だと思っていたからだ。
紫翠が泣くなんて事有り得ないし、見たこともなかった。
どうして、泣いているんだろう。
涙を止めてあげられたら良いのに。
「ねぇ……紫翠……」
「結香……」
「どうして、ないているの」
びくりと、身じろぎした紫翠は、何かに縋るように結香にしがみついた。
初めて出会った日と同じような春風が吹く。
生命の息吹がそこかしこに溢れている。
「ゆいかに、」
その瞬間のことは、草が風に揺らされる音まで、一生忘れることはないだろう。
何故か鮮明になった視界で、大粒の涙をこぼす紫翠越しに青空と桜が見えた。
大きく風が吹いて、細くか弱く告げられたその言葉は、奇跡のような偶然でもって結香の耳に入ってきていた。
「ただ世界のどこかで、笑っていてほしかっただけなのに」
あぁ。
こんなに、泣き叫びたくなることがあるかと結香は世界に問いたくなった。
だって、そうだろう。
何でもできるはずの九尾の力だったのに、だから最期に使ったのに。
それを使ったから、どちらの願いも叶えられないなんて、そんな馬鹿な話があるか。
「ただ……、結香に生きていて欲しかったんだ……!」
血を吐くように言った紫翠を見て、結香の目から涙がこぼれ落ちる。
パキン
パキン
パキン、パキンパキンパキン
パキンパキンパキンパキンパキンパキン
死の音が近づく。
パキンパキンパキンパキンパキンパキンパキンパキンパキンパキンパキンパキンパキンパキンパキンパキンパキンパキンパキンパキンパキンパキンパキンパキンパキンパキンパキンパキンパキンパキンパキン
おびただしい彼岸花が咲く。
結香は、眠りたくない。
眠ったらおしまいと知っているから。
生きたい。
死にたくない。
「生きて……いたい、よ……紫翠ぃ……」
怖いよ、死にたくなんてない。
ずっと諦めてきただけなんだよ。
どうせ独りだからって、ぼくがいきることを望む人なんていないからって。
優しくて能天気なふりして、諦めたんだよ。
苦しいのは嫌だから、望んで叶わない辛さを知っているから。
ほんとは、僕だって君といたい。
君が笑ってくれたら満足だって、世界のどこかで笑っていてくれてたら本望だって。
思って、踏ん切りがついたのに。
「いやだ、いやだ、いやだよ!
死ぬのはこわい、死にたくない、まだ生きたい、もっと楽しい景色見て、」
また同じ日常を二人で繰り返して
「綺麗な花も見に行きたい」
紅葉狩りや、白梅を見に行こう
「夏は色んな所に行きたい」
暑いから、川に行くのも良いかもね
「冬の、綺麗な景色を二人で見たいよ」
鮮やかな世界よもう一度。
眠気に引きずられていく。
いやだ。まだなにも見てない。
瞼がおりる。
ねぇ紫翠。
もっとずっと、君と一緒にいたかったよ。
『――――その願い、しかと聞き入れた』
『我らの主よ。御許がお隠れになりて幾星霜』
『我等、一日千秋の思いでお待ちしておりました』
『世界に散らばる同胞達を、その手でもって掬い上げてくださいまし……』
『我が名は叶。九尾・結香様の尾が一つ』




