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薬師と仔狐の乱  作者: 蝸牛
第一部
11/31

決断・前

紫翠は、壊された村の前で立ち尽くしていた。

目を見開き青ざめた顔は紙のようで、眼前に何か絶望じみた光景があることは明白だった。


薫る風には、いつも夏に結香と嗅いでいたような優しい緑の匂いではなく、鉄錆と煙の混じった重苦しい死の匂いが濃厚に乗ってきている。

ぎゃぁああ、ひぃいいいとそこかしこから命乞いをする悲鳴が聞こえそれが途切れまた別の声が聞こえてくる。


なんて狂った空間だ。


緑豊かで、多少閉鎖的な面もあるが基本的に仲が良く信仰心も高く、紫翠を優しく迎え入れてくれた村が、焼かれてうち壊されて紅く染められていた。


それも、たった二体のあやかしの手によって。


「おら、壊せ! 奪え! これでカスみたいな人間どもに怯える必要はねぇ!」

「ヒヒヒ……女は残せ。肝はうめぇぞ……」


赤い髪をした武骨で筋肉のある男が楽しそうに家々を壊していく。

黒髪の小太りで嫌らしい笑みをした男は女を浚って縛っていた。

どちらも頭に二本の黒々とした立派な角を生やしている。

青ざめている紫翠は、他の人と比べて逃げるのが遅かった。


「……あん?まだガキが居やがるぞ」

「ほんとうだ。なぜ気づかなかったんだろうな」


ぎゅるん、と二組の黄色く濁った目が此方を見た。

子供である紫翠は、ひっと喉をひきつらせる。

今度こそ、結香の時のようにはならないと確信して。

よわっちくて可哀想な結香が起きたときに泣かないと良いけれど。

さく、さく、と動けない紫翠をからかうようにゆっくりと赤い方の鬼が近づいてくる。


紫翠と、遠くで聞こえた。


澄んだ声で、すべてを払うような、清浄で潔癖で、芯のある凛々しい声が聞こえた。

人とは、人を忘れるときに声から忘れるのかと紫翠は近づく鬼を見詰めながら思った。

眩しい笑顔もふわふわの尻尾も大きな耳も暖かい体温もまだ思い出せるのに。


「おいこのガキ、いっちょまえに此方睨んできてるぜ」

「ヒヒヒ……そらこえぇなぁ……身の程を知らしめないと、なっ!」


ゴシャッ……

何かがえぐれるような音がして、遅れて激痛がやって来た頃には木に思いきり叩きつけられた。

くわん、と頭が揺れる。

ふらつく視界で、黒髪の男が自分を蹴りあげたのだと理解した。


もう一度、今度は確かに紫翠と聞こえる。


「まぁだそんなめするか!」

「もっと教えてやるよ!ムカつくなぁ」


今度は顔を地面に思いきり押し付けられ、転がされて背中を踏まれた。

ギリギリと圧迫してくる足が先程木に打ち付けた背中を抉るように動かしてきて、痛みに耐えられず気絶してしまいたくなる。

痛みが去ったと思えば裏返され腹を踏みつけられてぐっと胃液が出る。


「っげほ、げほっ」

「吐きやがったぞコイツ!」

「きったねぇなぁ……お前みたいな召使どうせだれも買わねえし、殺していいだろ」


土に吐けば、胃液しかでなかった。

上からの罵倒が最早どちらからなどと解らない。

召使とか、村とか、買うとか。

何が起こっているんだとうつ伏せのまま紫翠は考えを巡らせる。

その間もまた蹴られ、殴られ、時に切られ。

生理的な涙がじわりと滲んだ。


近くで、大きな声で紫翠と呼んで探している声が聞こえる。


「げっ、あの声まさか」

「落ちぶれた鬼才かぁ……!なぜ今目覚めた……」

「やべえぞ。アイツが動けるなら水龍やら烏天狗共まで敵にまわるんじゃねえか」

「いや、それはないだろう」


先程まで緊迫感のある声で話していた鬼共が、どちらかの否定の声で一瞬で嘲笑うような声に変わった。

……あぁこの声、嫌いだ。


アイツに、西洋であった天使という生き物みたいに綺麗で潔癖な結香に聞かせられるほど綺麗なものじゃあない。


「あんな奴、もうだれも愛さない」


……その言葉に意識が覚醒する。

自分でも馬鹿だとは思うが、どうせ死ぬのならば親友を最後まで愛して死のうとでも思ったのだ。


「お前……」

「あん?なんだガキ生きてたのか」

「黙れこの下衆野郎」

「あ?」


今まで声なんてでないと思って居たのに、流暢にするすると言葉が出てくる。

自分にこんなに罵倒の種類があったなんて驚きだ。


「結香をバカにするな……!

彼奴は愛されない奴なんかじゃない! たとえだれに嫌われたって、オレが結香を愛し続ける!」


赤髪に首を絞められながらも言い切る。

さらに込められる手の力が強くなり、あぁ死んだなと、思ったのだ。


――――ヒュッ


力が和らいだと思ったら、ぴぴっと顔に赤いものがかかる。

屈強なその男の手首が二本とも断ち切られていたのだと理解するのに、何秒か要した。


「ひぃっ!!オレの手が!!オレの!オレの!」

「……お、おいあそこ……」


黒髪の指差した先を紫翠も釣られて見る。

すると、そこにたっていたのは。



「そうだな、いい加減僕らを軽視した発言はやめてもらおうか? 天邪鬼ごときが」


美しく紅く灯る狐火を九つ従えた、"九尾"の姿だった。

いつもの優しくて気弱な結香からは考えられないほど強く怒りに満ちた瞳。

引き結んだ唇、長くきれいだった黒髪は短く紅く染め上げられていた。

それでも耳も尻尾も変わらずあって、真顔である結香はやはり少し垂れ目で、あぁこれが彼の美しい所なのだと理解した。

彼は、この美しさで九尾として君臨するのだろうと

思わせるような力を持っている。


「畜生! 死に損ないの九尾が何で!」

「……」


ぎゃぁあ!と醜い悲鳴が上がり、罵倒した黒髪の男の胸が斬られていた。

ドロリとした血が流れる。

恐らく致命傷だろう。

結香は冷ややかな目でそれを見下ろして、いや、見下している。


紫翠を庇うように天邪鬼というらしい鬼達に対峙した結香の背中は、驚くほど小さくて細かった。


「僕も丸くなったものだ。

貴様らが痛みを覚える前に殺してやろうと言う慈悲があったなんて驚きだよ」


慈悲だといいながら淡々と冷えた声で死刑宣告をするものだから、天邪鬼達は必死で命乞いをする。

助けてくれ、妻と子供が居るんだ、助けてくれ、助けてくれ!

赤髪が特に熱心に頼み込んでいた印象がある。


「……そういった人の子をその手にかけたのは、誰だったかなぁ?」


まぁそうだろうな。

不愉快が頂点に達したのか、あっさりと天邪鬼達は首をはねられた。


とび散る汚い血肉が、結香に着かなければいいなと思った


背中を見ていると、それにきがついた結香は紫翠の方を振り向く。

その目は、依然として冷たいまま

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