遺体安置室
ここは、暗くて寒い。
朽ち行く死体の腐敗する臭いと、いつ出られるかわからないという絶望と。
ここへ来てから、一体何日が経ったのだろう。陽の光も届かぬこの場所は時間の感覚さえ私から奪って行った。
郷里から共に出てきた仲間達は次々に姿を消した。
そもそも、ここへ来る前からもう自力では動く事も出来なかったのだ。
私の計画では、ミッションは速やかに完遂する筈だった。どこかで敵に情報がもれていたのだろうか。
しかし、それならば仲間が裏切っていた事になる。一体誰が……。
だが、それを考えた所で今更どうなる訳でもない。結果として私は放り込まれたここを自力で出る事はできず、時折覚醒する意識だけが、闇の中にたゆたうのみだ。
ここには、私以外にも捕らわれている者が少なからずいる。そのほとんどはすでに死んでいるが、中には私のように生きながらここに放り込まれた者もいるのだ。
日に何度か敵が扉を開ける事がある。その時たまたま知ったのだが。
垣間見えたそれは、背が高くて肌の白い者。そして、それよりもっと背が高くて肌の黒い者。あるいは背は高くないが、小太りの肌の黄色い者。
その他にもたくさん居たが、ある時期を境にぽつぽつと姿を消してゆく。
まだ意識がはっきりある元気なうちに連れて行かれる者も多い。恐ろしい事だ。彼らの末路は想像に難くない。
私がこのように最悪のケースを信じて疑わないのには訳がある。服を剥がれ、体を傷つけられ、元の姿とはかけ離れた、見るも無残な状態で戻って来る者もいるからだ。
敵に連れて行かれた者達と入れ替わるように、ここには多くの者達が放り込まれる。きっと、捕獲ルートが確保されているに違いない。
ここはその他にも、死体が腐らないよう冷凍して保存する施設まであるようだ。
いつものように、敵が気まぐれに中を確認しに来た時に話していた。
どちらに転んでも、ろくな死に方はできそうにない。そんな敵の醜悪さに吐き気を覚える。
私達を一体何だと思っているんだ! どうやら敵には、真っ当な心さえ残ってはいないようだ。
「お若いの、怒っても無駄じゃよ。
わしのように新入りに埋もれて忘れられるよりずっとええと思わんか。
ここで死に絶えるくらいなら、いっそ外で死にたいのう……わしなら」
不意に、老いた声がかかってドキリとした。
どうやら、高ぶった感情のまま声にしてしまっていたようだ。
「……そうなのでしょうか。あなたは、ここにはどれくらい?」
忘れ去られるくらいに長くここに捕らわれている者。そんなにも生きていられるものなのだろうか。この、食べるものさえない場所で。
「それを聞いて何になる。
……声を掛けてすまなかった。忘れてくれ。
若い者に希望など持たせるべきじゃなかった」
沈痛な口調でそう言ったきり、その声は途絶えた。
この闇の中では、私に唯一答えてくれたその声の主が、本当に老いているのかどうかは判らなかった。
そして私はまた、独りになった。
暗闇の中で、他の者達の気を感じる。それも、結構な数だ。
だとしても、これ程たくさんの者達と同じ場所にいたとしても、心通じ合えねば独りと同じだ。やはりあの者の言った通り、希望を捨てるべきなのだろうか……。
確かに、もう命も尽きかけている。自分の事だから分かるのだ。体の内側の異変には気が付いている。私はこのまま、ここで朽ち果ててしまうのだろうか?
ああ、疲れた。色々と考えて疲れてしまった。何も考えずに、もう眠ろう。
そして私は、絶望という名の揺籃に身を委ねる。
不意に、眩い光で私は目覚めた。
今日もまた、敵が確認にやってきたのだろうか。
まあ良い、私はもうすぐ死ぬのだから。
「お母さーん、このピーマン傷みかけてるよー」
いつものように、パタパタと大きな振動音を響かせて近づく敵の気配を感じる。
そしてすぐに、むんずと私を敵の手が鷲掴みにする。
冷えて朽ちかけた体に、その熱が痛い。
「あら嫌だ。これ、最後の一個なのよね。もう、ピザトーストにでも使おうか。
お昼ピザでも良い?」
「うん、良いよ」
敵の実験計画に、私は思わず青ざめた。否、元から青ざめてはいるのだが。
私は恐怖におびえる。
頼む、頼むからそれだけは勘弁してくれ。お願いだ。あのしつこくて糸を引くやつと合成されるくらいなら、いっそ最後くらい華々しい死に方を選ばせてくれ!
私のミッションは、青椒肉絲―――自分が主役であって初めて完結するのだから。