出逢い③
レストランは『ハワイフェア』らしく、メニューは、ハワイらしいメニュー…
と言っても、ハワイには言った事無いけれど…
『おすすめを』
彼が言う。
『承知いたしました』
私は、とりあえず、ナイフとフォークは使える。
それだけでも助かる。
『名前…聞いてもいいかな?』
彼が、小さな声で言った。
『小野…みゆき…です』
『みゆきさん…可愛い名前だね。
僕は…知ってるよね』
『はい。ピアニストのSHIKIさん…ですよね』
『そう。でも、本名は、櫻井佳樹。28歳』
『28?もっと若いかと思っていました』
彼は、クスッと笑った。
笑顔が綺麗。
料理が運ばれてきた。
ハワイフェアだからなのか、ハイビスカスの花が添えられている。
『綺麗…』
見とれてしまった。
多分、人生で最初で最後の帝国ホテルランチ。
『食べましょう』
『はい』
私達は、色々な話をした。
音楽、歌舞伎、能、絵画…趣味は同じだったけれど、彼の方が詳しくて、私は『そうなんですか?』ばかり言っていた気がする。
食べ終えて、紅茶が運ばれてきた。
『また…会えますか?』
『…』
返事が出来なかった。
素敵な人だけど…会ったばかりだし…
『僕は、顔が知られてるから、ホテルから出られません』
そう言って彼は、ポケットからメモ帳を出して電話番号を書き始めた。
『待ってるから』
私は、それをしばらく見て…
『スマホ、持ってきてますか?』
『スマホ?持ってきてるけど…』
『フリフリしましょう!』
自分のテンションに驚きながらも、彼とライン友達になった。
『大胆だね』
また、素敵な笑顔になる彼。
それから、毎日ラインをし、毎日ディナーに誘われた。
私と彼の距離が縮まるのは早かった。
でも大人の関係にはならなかった。
男と女…と言うより、人と人っていうような関係。
そうして、私は彼と一緒にいる事を選んだ。
アパートを出て、仕事を辞めて、帝国ホテルに引っ越した。
彼の部屋は、スイート。
私はホテルでの同棲生活を始めた。
『セレブだなあ…』
帝国ホテルに来てから、口ぐせになってしまった。
彼には、執事のようなマネージャーがついている。
毎朝、予定を言いに来る。
私がホテルに引っ越してきた事は、初めは驚いていたけれど、今は、普通に接してくれる。
彼は、私と出会ったコンサートの後、2回のコンサートをし
3回、有名人、セレブとのパーティーに行った。
彼は私を誘ったけれど、マネージャーさんに止められた。
『国内では、マスコミに気を付けなければいけません』
彼は、渋々、ひとりで行ったが、すぐに帰って来た。
『今まで、パーティーは楽しかったけれど、今は、みゆきがいないと寂しい』
そう言って、捨て犬のような目をする。
何も予定の無い日は、歌舞伎を観たり、美術館に行った。
マスコミ対策として、行き帰りは別。
歌舞伎の時は、偶然隣になったふりをし、気がつかなかった事にする。
美術館は、彼と付かず離れずの距離で観賞した。
こんな毎日で、有名人との付き合いが難しい事が分かってきた。
そうして本人も大変だということも。