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0話:神さまは退屈している

 生者の神アルガレスは退屈していた。


 創世以来、植物、動物、人を増やし見守ってきたが、このところ世界は安定期に入り、彼の仕事が手持ち無沙汰になってきたのである。


 まだ目を離せば、人はうっかり戦争を始めて大量に死んだり、動物や植物のしゅを己の欲のために絶滅させそうになるが、手のかかる赤児のようにじっくり見張っていなければならない、ということもなくなっていた。


 創世期には数を増やそうとしても、男も女も楚々と遠慮がちでなかなか手も繋げず、子どもを成す行為なんて以ての外!という感じだったのによく成長したものである。

「産めよ増やせよ愛こそ全て」の言葉だけを携えて、神である身分を隠し諸所を旅した愛の伝道師時代が懐かしい。


 生者の神はつかの間、己の功績と生命の経緯をしみじみと思い出して時を過ごしてはみたものの、すぐに飽きてしまった。

 人の住む世界へと下り、遊ぶのも良いかとも考えたが、愛の伝道師に扮したときに全ての快楽は経験済みで、そんな気分でもない。


 どうしたものか、と考えて彼が思い出したのは弟のことだった。

 顔は同じだが性格は全く似ていない死者の神の弟。

  彼なら自分が思いつかないような楽しいことを提案してくれるかもしれない。

 善は急げ、アルガレスは使者を立てる間も省いて、弟の住まいを訪ねた。


 弟はちょうど、最近死んだばかりのチェスの名手を相手に一局興じている最中だった。

 髪の色は違えど、どんな乙女もその尊顔を一目拝ひとめはいすれば恋に落ちると言われ、世界中の芸術家たちがこぞって絵や彫刻にした自分と瓜二つの顔が、眉間に皺を寄せてうんうん唸っている。

 どうやら弟が負けているらしい。


「弟よ」

「兄者よ、私は今、忙しいのです。貴方の頼みは聞けません」


 何も言わないうちから断られた。

 ぶっきら棒な言い草は相変わらずだ。せっかくの美丈夫が台無しである。


「連れないではないか、弟よ」

「………………」


 意地でも兄の話は聞かないらしい。


「…………おとう、もがが、ふががふがぁはふ…むぅーむふー……」


 再び呼びかけようとすると、弟はその触れれば生命力を吸われると言われる左手でアルガレスの口を塞ぎ、その爪で命を断ち切ると言われる右手でまるで人間が犬でも追い払うかのように「シッシッ」と払う。


 あ、爪が衣に引っかかって少し裂けた。

 急に触るから生命力が吸われて右耳の横あたりの毛根がちょっと壊死して抜け落ちる。

 まぁ、すぐ元どおりになるからいいのだが。


 アルガレスが大人しくすると、弟は塞いでいた手を離し、すぐに盤上の虜になった。


 不貞腐れながら、しばし死者の神と知略の勇者の戦いを見守ってはみるが、やはりどうにも面白くない。

 盤上に動きがほとんどないのだ。


 死者の神という、誰もが恐れおののく力を持っているくせに、弟が慎重すぎるのが原因だ。

 負けてはいるものの、一手勇気を振り絞って踏み込めばまだまだ戦況は覆せる局面だ。

 しかしこの慎重すぎて臆病にもみえる弟は不必要なほど守りを固め、攻撃に転じない。


 相手も長期戦の構えなのか神に遠慮しているのか、先ほどから大将の指示は行ったり来たり、兵士たちも困惑げに右往左往している。


 前言撤回。

 こんな奴に楽しいことなんて考えられるはずもない。


 アルガレスはしばらく口をへの字に曲げつつ、全く面白くない盤上の戦を眺め続け…………そして突然、春の花が一度に咲くが如く喜色満面の笑みになった。


 楽しくないなら、こいつを使って楽しいことをおこせばいい。


 思い立ったら即行動だ。

 この行動力のおかげで、アルガレスは創世期に数々の生物を生み出すことができた。


 とくに蒼空竜メドラクベステスを一夜で作ったときは、第一御使みつかいのコーベルがいつもの糸みたいな目をまん丸の月のように見開き「正気ですか!」と言ってきたほどの出来だった。

 つい問いただしたくなるほど、誰も思いつかない素晴らしい発想だと彼も思ったのだろう。

「傑作だろう」と笑顔で応えると、彼はさらに口をあんぐりと開けて歓喜の叫びを上げ、第二以下の御使いたちに何かを伝えに走っていったものだ。


 空間から光輝くくわを取り出し手に取る。

 チェスの名手が驚愕で声を上げそうになった。

 それをアルガレスは己の人差し指を口に当て、シッと人間が内緒の話をするときによくする仕草を真似て制する。そしてウィンク。

 神が御技みわざを使うときに出る特有の温かな光が小さく弾け、チェスの名手の口が一文字に結ばれる。

 幸い、弟に一連の動きは気づかれていない。

 名手が「むーむー」と発するので、いつ気づかれるかちょっとだけひやひやするが、大きな声ではないので、さっさと事を済ませてしまえば大丈夫だろう。


 アルガレスは久しぶりに取り出した輝く自分の聖具を見つめた。

 この鍬は自身が顕現けんげんしたときに所持していた原初具げんしょぐではない。人が後から神話として想像しアルガレスに与えたもので、大変気に入っている聖具である。

 常から死者の神の弟が持つ原初具の鎌が羨ましかったアルガレスは似たような形態の鍬を与えられたとき、あまりに嬉しすぎてその年はすべての土地を大豊作にしたほどだ。

 一緒に与えられた「生命の大地を耕す者」という神名も好きでよく名乗りに使ってたりもする。


 本来であれば同等の力を持つ死者の神に原初具ほどの威力を持たないこの聖具では、対等に戦うことはできない。

 しかし、チェス盤に夢中な今なら不意打ちでどうにかすることもできよう。


 成功のコツはソッと近づき躊躇わずに瞬時に行うこと。


 アルガレスは弟の背後に忍び寄り、そして光輝く神の鍬を、溜めの動作もなく俊敏に弟の頭めがけて振り下ろした。

 ゴッと鈍い音を立てて崩れ落ちる弟の死者の神。

 よし!成功だ。


 あとには歴代屈指のチェスの名手の、男にしては甲高い悲鳴だけが辺りに響き渡った。


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