其の四 生臭坊主・恒休(こうきゅう)
六尺超え【百八十センチ以上】の身長を持つ筋肉隆々の大男が、北国の雪に覆われた街道を進む。襤褸笠に薄汚れた墨染めの袈裟といった出で立ちで、とても寒そうに見えるが、その足取りに影響は見られない。
見上げれば、雲一つ無い夜空が広がり、空気も冷たく澄んでいる。そんな中、猛烈な煙を巻き上げる屋敷が目に入る。
「南無三…………」
大男はお題目を一度唱え、力強く歩みを進める。その煙に向かって――。
* * *
「おのれっ、曲者ぉーっ、ぐほああああああっ!」
屋敷を守る下人の断末魔を聞き、お代官様は御愛用の太刀を持って飛び出して行かれましたが、生憎と手前は非力過ぎて戦えません。この黒雪屋、金はあれど力は無いのです。
「さて、早く逃げなければいけませんね。命あっての物種ですから…………」
すっくと立ち上がり、山吹色の最中【黄金の小判】を緑の風呂敷に包み込みます。
「悪人を成敗するおくりびと。あの噂が、まさか本当だったとは…………」
商売の浮き沈みは、情報にあり。どれだけいち早く情報を握るかが、鍵となるのです。危ない橋を渡る時は、常に耳を研ぎ澄ませて聞いておりますから、予想は出来ておりました。そして、彼らに狙われて生きて帰った者はいない事も知っています。だから、一刻も早く逃げなければなりません。もちろん証拠も残さずに――。
「げっ…………、げほげほげほげほっ」
猛烈な煙と匂いが、鼻腔を突き上げます。屋敷のあちこちから火の手が上がって、すっかり火事になっていました。おくりびとが、悪の築いた屋敷も許さず、火を付けて消し去ろうとしているのでしょうか。兎にも角にも、逃げなければなりません。
「ひっ、ひぃいいいいいいっ!」
しかし、煙を避けながら廊下を走っていると、見てはいけない物を見てしまいました。
真っ黒に焦げた人形の――、おそらくは焼死体――が、積み上がっているのです。
一番下には、猫車【手押し一輪車】があります。あれで死体を運んでゆくのでしょうか。
「ひにゃあん…………、まだ生き残りが…………、いたのかにゃあ?」
まだ火が回っていない闇の向こうから、女の声が聞こえました。
猫のような眼がぎらりと光り、ずり――、ずりり――、と何かを引きずっているようです。
「ひぃいいいいいいああああああっ!」
その正体を知った瞬間、手前は緑の風呂敷を女に投げ付けて、一目散に逃げました。
黄金の散らばる音が、背後から聞こえて来ました――しかし、あんな姿を見たら、勿体無いとは思いません。何しろ、女が引きずっていたのは、黒焦げにされたお代官様だったのですから――。
そうして、まさに命からがら――、屋敷より抜け出す事ができました。
日頃の行いのおかげでしょうか。清く正しい悪の商売を続けていれば、こういう事もあったりするのです。今まで三度くらい、こういう危機を乗り切った事がございますれば、神も仏も信じたくなるものです。ただし、悪の――ですがね。
さてはて、そ知らぬ顔で戻ると致しましょう。パンパンと、着物に付いた埃を払っていると、道の向こうから人が歩いて来ているではありませんか。
その身なりから、旅の坊主と見受けられます。そういえば――彼らの中には、[もののけ]退治を生業にしている者も少なくないと、聞いた事があります。手前が見たおくりびとは、どう見ても化け猫であり、[もののけ]でした。おやおや、これは使えるかも知れませんよ、ひっひっひ。
「ひぃいいいいいいっ! 旅のお坊さまああああああっ!」
手前は、いたいけな被害者のフリをして駆け込みます。
「お助け……っ、下さいませええええええっ!」
そして泣きながら、そのたくましい腕にすがりつきます。もちろん、うそ泣きですよ。雪を溶かして作りました。
「屋敷にっ、屋敷にぃっ、人殺しのっ、ぐぇ…………っ、化け物がっ!」
坊主の体臭が鼻腔を刺激して、思わず吐きそうになりましたが、そんな失礼な事はできません。何しろ、手前の身代わりになってもらうのですから――。
「おぅ、あの火事は化けモンの仕業ってぇんだな?」
「そそそっ、そうなんですっ。化け物がいきなり襲って来たんですよっ!」
言ってる事は、概ね間違ってはいません。本当の中に嘘を混ぜ込むのが、人を騙す極意なのです。それにしても、頭の悪そうな筋肉達磨。こいつなら、上手く行きそうな気がします。
「よし来たっ、オレがその化けモンを、地獄に送ってやらぁ!」
「おぉっ、ありがとうございますっ。なにとぞ、よろしくお願いしますっ!」
してやったり。これで手前は助かったも同然です。三度ある事は四度ある、という諺はありませんが、とにかくやりました。
「おぅ、任せとけっ! んで、化けモンはどこにいやがるんだ?」
「えっ?」
いや――、だから――、流れからして屋敷の中でしょ。と、そこを指差しますが――、
「おぅ、だからオレぁ方向音痴でなぁ、案内してくれや?」
「は、はぁ…………、分かりました」
これは予想外の展開です。まさか、また屋敷に戻るハメになってしまうとは――。
「では、こちらにございます…………」
致し方ありません。この坊主を化け猫にぶつけた時に、逃げる事にしましょう。
そう言って踵を返し、重い足取りで来た道を戻ろうとした、その時でした。
「あぁ、確かに居やがったな、人殺しの化けモンが…………」
「へ?」
背後からガッシリと抱きかかえられたのです。もちろん、そんな趣味は毛頭ございませんから、じたばたしました――が、
「ひぃいいいいいいっ! 何をされるのですかぁっ、おやめ下さいましっ!」
ビクともしません。えぇ、まったく。なんて馬鹿力なんでしょうか。けど、手前はれっきとした男です。そんな趣味は――、
「人殺しの化けモンは、てめぇだろ?」
「何をおっしゃいますっ、手前は人を殺した事など、ございませぬぅ……っっ」
骨太でゴツい坊主の両手が、頭を挟み込んで圧迫します。まさか――、まさか――、
「じゃあ…………、何だ。人殺しをさせた化けモンってヤツかぁ?」
痛い――、痛過ぎ――、ゴキゴキと頭の骨が鳴っています。このままでは、スイカのようにグシャっと潰されてしまいます。しかし――、まさか――、こいつもおくりびと――。
「何を根拠にぃいいいっ、痛たたたたたっ!」
「ここの代官と手を組んで悪行三昧の黒雪屋って言やぁ、てめぇだろ?」
うああああああ、しっかりバレていらっしゃる。これはマズいです。どうにかしないと。
「閻魔さまから矢の催促なんだ、早く送ってくれとなぁ」
「おっ、お金ならっ、いくらでも差し上げます。いっ、言うじゃないですかぁっ。地獄の沙汰もカネ次第とぉっっ!」
痛い痛い痛い、死ぬ死ぬ死ぬ、これ以上、絞めないで。中身が出てしまうじゃありませんか。そういや、諺でありましたよね。三度――、何やらが三度――、
「南…………、無……………………っ、さああああああんっ!」
そうそう、仏の顔も――、三度――ま、――で。
* * *
その坊主、れっきとした人間であり、名を恒休と言う。ある時には商売をして金を集め、腹が減ったら肉をも食べる生臭で、如何なる者にも縛られない破戒僧である。
六尺超え【百八十センチ以上】の身長を誇る筋肉隆々の――この大男は、一見すれば顔つきも怖いが、[もののけ]の子供達を家族同然に育てた心優しき面がある。人間と[もののけ]が共存できる社会の仕組みが出来つつあるこの宸世だが、それでも見た目が気持ち悪いという理由で、迫害される[もののけ]の種族もあった。例えば、大ムカデの子供であるカエデ。そして女郎蜘蛛のコウ。そんな弱い境遇にあった彼らを引き取ったのが、恒休であったのだ。
そして、炎を自在に操る火車のヒナは、大黒柱である恒休の相棒として、家事の一切を取り仕切っている。ああ見えて、料理洗濯から掃除まで何でもテキパキとこなす。
そう――、彼らは種族を超えた家族として、一緒に暮らしているのだ。それも、人が滅多に踏み入れないであろう、ひっそりとした山中で――。
おくりびと。
それは、一人の坊主が始めた因果な稼業。
虐げられた痛みを知るからこそ、黙っちゃいられない。
今宵もまた、泣き寝入りするしかない弱き者に成り代わって、悪を討つ。