其の二 尻突きのコウ
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その者――、女郎蜘蛛という[もののけ]にて、雄である。
もっぱら、黒髪を切り揃えた、線の細い美少年の姿に化ける事が多い。口から吐く粘っこい糸で相手の自由を奪い、仕込み槍を突き上げる暗殺法を得意とする。
必ず、尻の穴に槍を差し込んで串刺しにする事から、付いたあだ名は――、尻突きのコウ。
一尺【約三十センチ】ある黒塗りの棒を手首で回し、軽やかな風切り音が響き渡る。続いて、甲高い金属音の直後に先端から突き出た穂先に、一点の曇り無し。
月明かりが照らしたのは、スラリとした細身を黒装束が包み込む、線の細い美少年。されど、伸びた影は八本足の蜘蛛である。
左手で握った送り賃を懐に落とし、か弱き者の恨みを晴らすべく、コウは月下を駆け出す。屋根から屋根へ、風に舞い上げられた葉っぱのように飛び移ってゆき、今夜の標的が居るであろう屋敷の、天井に潜り込むのであった。
いつもの如く、天井板を音もなくズラすと、これまた幾度も見かけた光景が目に入る。
如何にもチンピラで下っ端なヤクザ者が、年端のいかない少女に乱暴しているではないか。
泣き喚く少女の頬に、チンピラの拳が炸裂する。
ぐったりと動かなくなった少女の、草色の着物がビリビリと音を立てる。
日に焼けて小麦色になった――柔らかそうな肌が、行灯の明かりに照らされた。チンピラの吐息が荒くなる。
天井から一本の糸が垂れ、蜘蛛の影がするすると降りてゆく。
線の細い美少年の横顔が照らされたのも刹那、すぐさま屏風の影に消える。
不意に――部屋の明かりが消え、月夜の闇に包まれた。
チンピラの狼狽しきった叫び声が、こだまする。
野太刀を抜き放ち、闇雲に振り回している様子が、手に取るように分かる。
奴の目が闇に慣れる前に――、仕留めなければならない。
* * *
そのチンピラ――茂平には、敵も多かった。今まで消されそうになった事も、少なくない。
そんな修羅場をくぐり抜けて来た勘が告げるのだ。間違いなく敵襲であると。
「うるああああああっ、出てきやがれぇ」
目が慣れない中、野太刀の音が唸る。ほぼ水平に振り回している為、気を失っている女子には当たらないはずだ。敵を返り討ちにした後、存分に楽しんでやる。
「うりゃりゃりゃりゃああああああ、この回し斬り、破れるもんなら破ってみやがれっ!」
自分を中心に、ぐるぐる回転し出す茂平。しかし、足元に潜り込む影が見え――、
「ぐわぁっ」
持ち手に衝撃が加わり、思わず離してしまったのも束の間、背中を蹴られて壁に激突する。
「なんだっ、こりゃああああああ」
茂平の両手首が、得体の知れない液体に包まれ、すぐさま硬化した。壁から離れない。
「ひっ……」
無防備な背後から、殺気と共に現れた敵――線の細い美少年に、息を呑む茂平。甲高い金属音を鳴らした黒い棒から、銀に輝く穂先が飛び出しては引っ込む。
「まっ、待てっ、待ってくれっ!」
このままでは、黒い仕込み槍で串刺しにされる。何とかしなければ、死あるのみだ。
「おっ、オレと手を組まねぇかっ。そうすりゃあ…………、ひっ!」
あっという間の早業だった――。
無防備な背中を晒す茂平のフンドシは解かれ、肛門に黒い棒が突き刺さったのだ。ずぶずぶと突き上げられる感触に、戦慄する。
「ひいいいいいいっ、たっ、助けて……っ、くれぇ」
万事休す。金属音が響いた時こそ、己が死ぬ時であろう。茂平は観念した。
だがしかし――、
突き上げられると思いきや、ゆっくりと棒が抜かれてゆく。
「あっ、あれっ? たっ、助けてくれるのかっ?」
そんな茂平の期待は、すぐさま打ち砕かれる。また突き上げられたのだ。
「ぐわああああああっ!」
そして――、
甲高い金属音が響き渡り、銀の穂先が月明かりに照らされる。
「なっ、なんだとぉっ?」
己の尻に刺さっているのは、仕込み槍では無かったのだ――。
「あんたはもう、ノンケ【普通の性癖】には戻れねぇぜ……」
美少年からの――意外に野太い声で、すべてを悟ってしまった茂平。
これからされる事は、おそらく死よりも辛い事なのかも知れない――が、どうしようもない。
尻に刺さった棒が、上下にうごめいてゆき、生まれて初めての感覚が沸き上がってゆく。
「やっ、やめろおおおおおおっ!」
男としての茂平、最期の雄叫びは虚しく響き――、
「ああああああーっっっ」
感極まった嬌声が上がった時、新たな世界【ガチホモ】が開かれる。
* * *
女郎蜘蛛という[もののけ]の雄が、同族の雌を狂わせて女郎にしてしまう。それこそが種族全体の名の由来であるとの説もある。そんなコウの手によって、あの世の地獄とは別の所に送られた茂平。以後――、彼に抱かれた女は誰一人いないという。