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【06】慣れって恐ろしい

 本日二話更新します。二話目は21時を予定しています。

 休暇の終わりごろ、一人暮らしの部屋に戻ると、合鍵を渡していた山瀬がそこにいた。

 もう半ば予想していたから、スーパーの袋を手にしていた私。十二日ぶりのオムライスが食卓に並んだ。


 皿の上に赤と黄色が織り成す世界。無言で狂喜乱舞する男。このカオスに、最近はもう慣れてきた。慣れって恐ろしい。




 休み明け間もなくには、修学旅行。我が校では、学年の半数が北海道へスキーで、もう半数が京都巡りをする。

 お嬢さまが京都を選んでいたため、私の行先も必然的にそちらになる。


 山瀬も私も、常人よりずっと聴覚に優れている。辛うじて喉を振るわせる程度の声でも、半径一メートル以内にいたら相手に伝わる。だから、他に知れずこっそり会話する機会なんて山ほどある。賑やかな大路のど真ん中だとしても。


「山が好きみたいだから、山瀬はてっきりスキーを選んでいるものだと思っていたのに」


 意外な事に、お嬢様の警備要員に仕立て上げられた山瀬は、元々京都を選んでいた。

 クラスも同じなのだ。山瀬とお嬢様と同じ班にするのは、難しいことではなかった。悲しいことに、私も同じ班になってしまうけれど。


「山なんて、行こうとおもえば、いつでもどこでも行けるからな。それに、あの手のものは、誰かの監視や指導の下したくない」

「京都の方こそ、いつでも行って見ることができるんじゃないの?」

「こういう場所こそ、人と回ればたまに発見があるものだ。だから選んだ」


 まあ、私と関わってしまった以上、人と廻って新たな発見は、次の機会に持ち越してもらう。

 お嬢様の護衛に注力してもらうのだから、勝手に持ち場を離れてもらっては困るのだ。

 SPが堂々と闊歩できる手筈になっている宿泊施設は例外。流石に、交代もなく二十四時間同じ面子が警護というわけにはいかないから。山瀬も私も、宿泊施設でだけは休息を堪能する。


「山瀬。私語はここまでよ。……気付いてる?」

「ああ。とりあえずいってくる」

「よろしく」


 気のせいかもしれない。けれども、不穏な影が、先ほどからお嬢様の行く先々に出没している。

 女の子同士の方が、近くにいて違和感がないから、私が傍での護衛、山瀬が出張りと役割を分けている。


 山瀬の気配が場から離れる。けれども目で追うことはしない。

 そ知らぬふりで、同じ班の女子と話す。すると、彼女が山瀬の不在に気付き、指摘した。


 元々、山瀬は団体行動の折に、一人で勝手にどこかに行き、いつの間にか合流するなんて行動をよくとる。

 またか、と思われている程度だろう。班員の誰かが、山瀬のスマホに行先を連絡して、後で合流しやすいようにしている。

 仕方ないなと笑いながら連絡を入れる。そんな事をしなくても、山瀬(天狗)なら班員の誰かの気配を辿って合流できると分かっていても、敢えて。


「あれ、また山瀬君がはぐれたの?」

「榛葉君! そうなの。姿が見えなくなったから、次の目的地をアプリで連絡していたところ」


 スマホを鞄に収めた私に、榛葉君が話しかけてきた。今回の班分けで、彼とも同じ班になったんだ。

 必要事項のやり取りばかりだけど、顔を合わせる機会が増えて、数少ない癒しになっている。今も、私の顔はきっと綻んでいる。


「仕方ないな。アイツは。トイレだとしても、班の人でなくても誰かに言ってくれればいいのに。わざわざ唐沢さんにこんあことまでさせて」

「大した手間じゃないからね」


 アイツの任務に比べたら。なんて言葉は当然吐けない。


 山瀬は、十分と経たないうちに姿を見せた。


「首尾は上々。件のやつらは、お嬢様に危害を加えるのが目的ではないようだ。まあ、ちょとばかり『注文』をつけてきたが」

「ありがとう。でも念のために、報告には上げておく」

「それでいいだろう」


 今回の護衛の総指揮者にメールを送信する。メールを受けた旨自動返信されるので、そのメールごと消去する。

 アドレスだって、今回の作戦向けに取得された使い捨てのもの、暗記してそらで打つという徹底振り。


 気配を感じなくなったと思ったら、山瀬がきっちりと仕事をしていた。

 天狗による注文について、私は深く追求しなかった。大体、修学旅行生や観光客の往来が激しい場所で、殺気を放つ先方が問題だ。お嬢様以外にも令嬢令息、そして護衛がいても何ら不思議ではない。そちらからの圧力だってある。


 現にそれらしき気配は点在している。今回は出会っていないけれど、中等部の修学旅行の折には、別の対象を護衛している同郷者に会ったのだ。思い返せば懐かしい。


 小さいながらも由緒があるらしい寺を背景に、学友と記念撮影に勤しむお嬢様。

 心なしか、表情が解れているように思えた。この旅行を楽しんでいるようで、何より。


 財閥の名実に縛られて、ある意味、私以上に自由が少ないお嬢様。私は任務から外れた時間帯は気軽に過ごせるけど、このお嬢様はそうもいかない。だから、こんな時くらい学生らしく過ごしてほしい。




 自由行動を少し早めに切り上げ、宿泊施設へと入った。

 ここで担当が変わる手筈なので、連絡を入れる。ここでは手動での返事待ち、あるいはお嬢様警護で馴染みの人を見つけるまでは気を抜けない。


 お嬢様が宿泊施設内の土産物コーナーを見に行くと聞き、私も選ぶ振りしてついていくことにした。

 まだ、引継ぎが終わっていないからね。


「お土産、どちらにしようかしら。ねえ、唐沢さん。家に買って帰るならどちらの方がいいと思う?」


 お嬢様に話しかけられて、私は咄嗟に学友の仮面を被る。


「これは……どちらも、同じ味の物が結構な数ですね。家に出入りするスタッフさん辺りを想定しているのかしら」

「うん、そうなの」


 彼女の家族は母と祖父だけ。彼ら相手に、余程の好物でなければこんな買い方をしない。そう踏んだら正解だったみたい。


「銘々持ち帰るなら、割れにくいものの方がいいかもしれませんね。その場で頂くなら、こちらも美味しそうですが」

「その辺りの配慮は必要ね。ありがとう、参考にします」


 私自身が、お土産が粉々に砕けていたら悲しい気持ちになるから。そんなしょうもない理由だったけれど、お嬢様は素直に受け入れていた。


「あら、山瀬君もお土産選びですか?」

「まあ、そんなとこ」


 山瀬の後ろには、男女混成の見覚えのある面々がいた。宿泊客のような装いで振舞っているけれど、お嬢様つきのガードマンだ。

 今日のお役は御免といったところだろう。私は、土産をすぐに渡せる先がないので、自分用に気になる菓子を三つほど選んで、レジに並んだ。


「宿泊施設の警備担当が来たから交代らしい。ヒトとは違って休息なくても動けるがな」

「うん。顔見知りの人がいるから気付いてる。山瀬もお疲れ様。ありがとうね」


 イレギュラーな役目を終えると、特に安堵する。つい、大きく息を吐いてしまう。


「それは誰かへの土産か?」

「家族は離れているから渡せないしね。山瀬も食べるならいいよ。ただし、半分はちゃんと残しておいてね」

「俺?」


 山瀬が目を見開いた。そんな顔もいちいちさまになるから、ちょっとだけ腹が立つ。


「どうせうちに夕食を食べに来るでしょ? その時に食べるならどうぞって」


 一人で平らげるのもちょっと寂しいし、私の事情を知り尽くしている山瀬となら一緒に食べてもいいかな、と思った。


「あ、それとも甘いもの苦手、とか?」


 私の趣味で選んだから、和風マシュマロに京風ラスクなどと、甘いものばかり。しょっぱいスナックみたいなものより、甘いものの方がこちらのお菓子ってイメージがするからっていうのもあるかな。


「いや、大丈夫だ。唐沢千鶴は甘いものが好きなのか? 食べてるところを見たことがなかったのだが」

「好きだよ。大好き。食べだすときりがなくなっちゃうから、普段は食べないようにしている」


 食べ過ぎたら太るし、家計への影響を考えると手を出したくないんだよ。


「ふぅん」

「次にお待ちのお客さまー」


 会計を待つ列の先頭は、私。レジで会計を済ませた頃には、山瀬の姿はなかった。

 読んでくださりありがとうございます。

 次回の更新は、本日21時を予定しています。

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