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【03】関係が激変した日常

 本日二度目の更新です。9時の更新が既読でない方は、前話をお読み下さい。

 里で二泊し、慣れない電車での移動を終えて、学園生活の再開だ。クラスメイト一名との関係が激変した日常に、私は押し込まれる。

 三連休をどう過ごしたのか。そんな話題が教室を覆う。


 お嬢様を横目で見ると、他の女子級友に囲まれている。

 女子用の少し変わったセーラー服をきっちりと身につけているお嬢様。分厚い眼鏡と野暮ったいお下げで隠しているけれど、美少女。本当、創作の世界みたい。同じクラスの女子だけは、お嬢様の素顔も知っている。表に出さないけれど、このクラスだけは相当信頼できる人だけで固められている。

 お嬢さまのことは、人として好意が持てる。でも、あくまでも私にとっては護衛対象だ。深入りしてはいけない。そう言い聞かせていつも戒めている。


「唐沢さんは、連休中にどこかに出かけた?」


 私に質問を投げかけたのは、榛葉しんば君。柔道部と聞いてすごく納得の雰囲気と体躯の持ち主。

 どっしりとした大きなぬいぐるみのような柔らかな雰囲気に、好感が持てる人だ。

 それでいて、柔道となると強いんだ。多分、私のタイプだといってしっくりくる人だと思う。


「父方の実家に行ってきたよ。結構山奥にあるから、移動だけで一苦労したんだ」

「そっか。何か名産品とかあるのかな?」

「田舎過ぎて、お土産とかは特に作ってないみたい。おいしい手打ちのお蕎麦屋さんは知ってるけど、持ち帰りが出来ないからね」


 用意している回答を小出しにする。決して嘘は言っていない。他人に知らせる気のない情報を知らせないだけで。

 具体的な地名に言及されるとはぐらかすつもりだったけれど、榛葉君はそこまで突っ込んでこなかった。非常にありがたい。


 お嬢様を取り囲む級友の面子が変わる。けれども、彼女自身の様子は変わらない。


 それから、この街の近隣の、おいしい飲食店の話へと展開された。

 榛葉君が怒涛の勢いで語りだすから、私は相槌を打つほうに回る。彼基準だけれども、色々美味しそうなお店の情報は嬉しいからね。ありがたく享受している。


 食べることが好きなんだろうな。教室でも、よくお弁当を広げておいしそうに食べるのを目にしているから。

 あんな風に平らげてもらえたら、作ったほうも冥利につきそうな気がする。多分、彼の母親か誰かが作ったのだろうけど。


 予鈴のチャイムが、教室の私語をものの見事に断っていく。榛葉君のグルメ講座も例外ではない。

 じゃあね、と話を切り上げて、机へと向かう彼の背中を見送ると、何故かツキンと心が痛んだ。


 昼休みのこと。お嬢様の気配が近くにある、誰もいない秘密の場所で弁当を広げたところに、あの男が訪れた。山瀬だ。

 見合いの席では一応きっちりとスーツを着こなしていた彼。学ランの前を一切留めていないのが、軽薄さに拍車をかける。

 本当に気配がない。彼のような人外の類が、お嬢様を狙ったらと不安になる。


 弁当を箸でつつきながら、当人に不安を零す。


 曰く、普通は人の領域に踏み込まないと。大抵の人外は、互いをにおいで判別するという。

 数名のあやかしが学園に在籍している。少なくとも上層部は把握していて、挙動をチェックされているとの説明も受ける。


「じゃあ、山瀬のその性格はわざとなの? 人と距離を置くべく振舞っている、とか」

「いや、特に繕っているつもりはない」


 山瀬の性格や、ものの言い方は素か。私はげんなりとした。

 窓から、お嬢様が食堂で学友と語らっていらっしゃる姿が見える。私も普段は学食を使う。けれど、毎回お嬢様と同じ時間帯にいるのもと思い、時折こうして離れている振りをしている。


「俺が剣道部に籍をおいているのもその関係だ。あの顧問は、一応上層部だからな。将来の幹部候補」

「えっ? どちらかといえば、ほわっとした頼りない雰囲気に見えたのに。たしかに、剣道着着ているときは隙がなさそうな気はしたけど……」

「頼とんでもない。下手な妖よりよほどおっかないぞ、あの男。……唐沢千鶴まで欺いているとは、尚更だな」


 私の中で、隣のクラスの担任でもある、剣道部の顧問に対する認識が変わった。妖からとんでもない存在だと評されるなんて……。




 あっという間に、放課後が到来する。


 三日ぶりの授業は、まさしくジェットコースター。懸命にしがみつかないと、あっという間に振り落とされてしまいそう。

 私は真ん中の成績で、追いつくのにいっぱいいっぱいなのに、トップクラスの常連たちは、どんな頭の構造をしているのかとつい考えてしまう。答えなんて出ないのに。


「唐沢さん。修学旅行の件で話があるんだけど、いいかな?」


 廊下でロッカーを弄っていた私に話しかけてきたのは、隣のクラス所属の生徒会長。理系で常に一番の成績をおさめる、脳内構造を知りたい人筆頭。

 学園の学生で唯一、私を忍と知る人物だ。山瀬は人外だからカウントしない。


「構いませんが……会長。それはこの場でお話できることですか?」


 後半は声のトーンを落として、会長の耳元で囁いた。彼が改めて相談するのは、忍としての私に、の可能性が非常に高いから。


「流石だね。じゃあ、今から生徒会室に寄ってよ。今日、お嬢さまは、部活動に出ないから大丈夫でしょう?」

「わかりました」


 会長と連れ立って歩く。

 何も知らぬ者によってからかわれた。就学旅行の件で雑務を頼んだと、会長が端的に説明すると、ぱったりと止む。

 会長からは、有無を言わせないオーラが出ているみたい。私には通用しないけど。


 私には、修学旅行実行委員という役職が宛がわれていた。名前だけは微妙に仰々しいけれど、その実雑務ばかり。

 お嬢様がらみであまり活動できない私の仕事を、事情を知る会長が、私の手柄という風体で結構カバーしてくれているので、ますます頭が上がらない。


「唐沢千鶴、……と会長、か」


 一般生徒が踏み入る教室が近くにあるわけでもないのに、なぜ山瀬はこんなところにいるのかな。

 私は顔を顰めていた。


「山瀬君か。どうかしたのかな?」

「唐沢千鶴に用があって」


 用事があるなら、昼休みに済ませてくれたら良かったのに。

 あのとき、君が喋る隙は十二分にあったでしょうに。


「後にしてくれないかな。修学旅行の件で相談したいことがあるんだ」


 私が忍だということを知っているから、護衛の手法に関して、会長と相当踏み込んだ話をする。

 一般生徒相手には、絶対に聞かれたくない内容だ。


「二人きりで、ねぇ……俺も混じったら駄目なのかな」

「それは……」

「この際ですから山瀬を交えましょう。彼は私の事を知っています。彼も剣道部で、行き先も同じです。混ぜて戦力にしてしまいましょう」


 私は会長に進言すると、彼の目の色が変わった。私が言葉の端々に含ませたことを拾い上げている。

 彼が山瀬や剣道部の事をどこまで知っているかは定かではなかったけれど、反応からして、私が山瀬から知らされた程度の情報は握っているようだった。


「山瀬君がいいなら、僕はそれで構わないけど、どうするのかな」

「あー、ひょっとして、そういうこと?」

「ひょっとしなくてもそういうことよ、山瀬。面倒なら聞かなかったことにして立ち去っても構わないけど」


 むしろ黙殺してほしい。けれども、空気を読みつつ無視しているだろう男は、私が願う方向に進んでくれはしない。


「聞いてみるよ」

「聞くのは構わないけれど、遊び半分にはしないでくれ」

「大丈夫、ダイジョーブ」


 山瀬の軽薄な調子に、会長は表面上では無反応だった。

 けれども、その実、ものすごく苛立っているのがピリピリと伝わる。私が気付いているくらいだから、山瀬だって。


 普段は冷静沈着な会長だけれども、お嬢様が関わると、ちょっとした隙ができる。

 当人は隠しているつもりだけど、彼はお嬢様に執心している。耐え忍んで、彼女の平和と幸せのためにこっそり一手を打ち続けている。

 お嬢様には、別に婚約者があるけれど。会長には、彼女に一生を捧げかねない熱量がある。


 でも、会長からは悲壮感とかの類のものは感じられない。報われない想いのはずが、不幸せそうに思えない。そんな情熱を持てることが、心底羨ましい。

 読んでくださりありがとうございます。

 次回の更新は、24日21時を予定しています。

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