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反則(前)

二話同時掲載その(1)

 街がオレンジや紫、黒といった独特のカラーリングで染められるようになったのは、ここ最近のお話。馴染みの商店街も、流行が渦巻いている。肉屋の軒先でも、おばけやかぼちゃの飾り物がでーんと主張してきた。


「やあ、千鶴ちゃん。今日は何を買うかい?」

「鶏もも肉と……牛ひき肉、豚こまと……そこの小さめの牛ブロックも、お願いします」


 中学進学から五年半、ほぼ毎週二回立ち寄っているから、私は肉屋の店主夫婦からすっかり顔を覚えられた。今はおじさまが店に立っている。

 ここにはもう残り半年も通わないんだ。お嬢様の護衛は高校在学中まで。以降は、郷里から通える大学への進学を考えているから、そういうことになってしまう。


「おっ。今回は豪勢だね」

「今日、広告が入っていましたし……街の雰囲気に負けたのもあります」


 ハロウィンは、私の中でこれまで無縁だったイベントだ。今更仮装もしなければ、お菓子を用意することも、いたずらを受けることもない。

 それでも、普段とうって変った風景と活気に、ついつい心踊らされる。

 近所のスーパーのセールで、つい、小ぶりなかぼちゃを丸のまま買ってしまう程度には。


「そういや、千鶴ちゃん、最近肉を買う量が大分増えたよな」


 早口の英語が畳み掛けてくるハロウィンの歌をBGMに、おじさまは、慣れた手つきで笹の葉にお肉を包んでいく。

 昔ながらのこの気配りも、足繁く通わせる一因。


「そうですね。今は二人分、料理しているので」

「わかるなあ、自炊するなら二人分の方が作りやすいからね」


 おばさまは相手についてとか根掘り葉掘り聞いてきそうな雰囲気だけど、おじさまはあっさりしているから気楽だ。その分、つい、ぽろっとこぼしてしまう。二人分の料理を作っているなんて、他に話したことはない。


「はいよ。お代はこれだけだ」

「ありがとうございます」


 ごつい手が握りしめる電卓に写し出された数字ちょうどのお金を、お肉と引き換えに手渡した。


 温和だけど深入りしない夫に、社交的で快活な妻。店を構えて、この二人のキャラクターで商売をしたら、かなりの情報が集まりそうな気がする。こうやって商店街で顔をつなぐのも、忍びとしても非常に役に立つのだ。生きた教材があちこちにあって、郷里にいないタイプの人に触れ合える。


 そう思えるようになってからが短すぎたことだけが、残念。帰り道で一つ、大きく溜息をついたのはそのせい。




 帰宅後早々広げた牛ブロックが眩しい。いいお肉を買ったから、豪勢に調理しなければ失礼だ。

 選んだのは、ローストビーフ。過去に何度か作ったから、割とさっくりと作れる。豪華に見えて、案外手がかからないのもポイントが高い。

 そんなことを考えつつ手を動かすと、時間はあっという間に経った。無駄に過ぎたのではない。室内では漬け込んだ香辛料と香ばしく焼けた肉の匂いが、ほどよく混ざっている。あとは、肉が落ち着くのを待てばいい。


 次にとりかかるは、小ぶりのかぼちゃ二つ。

 かぼちゃを二つ、上の部分をスパっと切り落として、中身をくり抜く。珍妙な飾り物ジャック・オ・ランタンにするわけではないけど、皮を器にしてかぼちゃのグラタンにするんだ。


「~♪」


 商店街で耳にした歌を、無意識に口ずさんだ。

 種を取り除いた中身を茹でて、潰して温めたミルクを加えて裏ごしを。水分を含ませて、熱いうちに作業を進めるのが、手早く裏ごしをするコツなのだとか。試してみたら、割とすんなり終わる。

 かぼちゃペーストの上に、作り置きしていたミートソース、そしてホワイトクリームの順で幾層か積み、仕上げにパン粉とチーズを乗せた。


「ここまで仕込んだら、あとは焼くだけ、だね」


 あとは全体が温まりさえすればいい。


 ラザニアみたいに層をなす、かぼちゃのグラタン。忍の仕事がなく、現在旅館の板長をしている父から届いたレシピだ。

 意外にも、あの山奥でもハロウィン的な催しに便乗しているみたい。忍稼業の隠れ蓑とはいえ、黒字への道を模索するに越したことはないからね。


 前まで、父とこんなやり取りをするなんて思わなかった。

 父との距離が少し縮まったのも……彼のおかげ。


 あとはサラダでも作ればいいかな?


「Trick or Treat?」


 思わず手が止まった。突如耳に飛び込んできたのは、英語教師も真っ青になりそうな、きれいな発音。

 バリトンボイスで私の耳元にささやきかけてきたのは、考えるまでもない。人並み以上に鋭い私のセンサーを掻い潜れる存在なんて、限られているのだから。


「はや、と」


 振り向いた私の目に飛び込んだのは、黒い嘴に羽。修験者のような装束をまとった、日本では馴染みの妖怪である烏天狗の男だった。

 異形の特殊メイクやコスプレの類ではない。私の(つがい)である山瀬隼人の、本来の姿。いつもの人型もまあ美形。だけど天狗姿は、滅多に見せてもらえないのもあって、私の心を揺さぶりかけてくる。


「で、どっちにするか?」

「残念ながら、今、お菓子はないわ」


 本性をとれば、ハロウィン仮装も一発だなんて、反則だ。

 不意打ちもあって、鼓動の高鳴りも止まってくれそうにない。


「子どもじゃないんだ。別に、菓子なんて求めてはいない」

「じゃあ、あなたの望むTreat(こと)は、なに?」


 隼人は目を細めて、炭のような鱗に覆われた手で、私のあごをさすってきた。


「Trick or Treat?」


 愉快そうな口調でもう一度、お決まりの文句を口ずさんできた。


「今日は、かぼちゃのグラタンよ」

「ああ、悪くはない」

「あなたが何を求めているか分からないから、私から差し出すTreatなんだけど、これ。あと、ローストビーフもね」


 鼻をくすぐる匂いによって、ローストビーフの存在を思い出す。

 取ってつけたような言い方に、眉間のシワが寄ったのかな? と一瞬考えたけど、そういう雰囲気ではない。


「悪くはない。が、もう一声」

「欲張りね、私の番は」

「千鶴のことに関してなら、いくらでも貪欲になる」


 時々疑わしくなる。隼人は本当に私と同い年なのだろうかと。時折、気障なセリフを臆面なくぶちこんでくるから。


「隼人は何を望んでいるの? 言ってくれないと、分からない」

「分からなくても一向に構わん」

「私が困るわ」


 一緒に街を歩いたときは、侵食していくオレンジ色を気にする素振りを見せなかったのに。むしろ飲み込まれたのは、私のほうだった。

 仮装したり、お菓子を用意したりはしなかった。けれど、勉強の息抜きと称して、少し手のこんだかぼちゃ料理を作るほどには。


Trick(いたずら)するだけだから」

「だからこそ困るのよ」


 彼の『いたずら』は、程度が皆目見当がつかなくて、怖い。


「千鶴の困り顔は見ものだからな」

「なっ」

「愛しいからこそ、偶に虐めたくなるんだ。許せ」


 頬に痛みが走る。血が沸き、頬を赤く染められているのだろう。


「赤面する千鶴も、悪くはないな」


 見慣れた、シンプルな木の簪が目に飛び込んだ。隼人の左手におさまったそれを見た途端に、背中にぱさりと髪が当たる。

 鱗に覆われた右手が私に伸びてきた。いつもより鋭い爪が、私の髪を優しく梳く。


「赤に黒は、実に映える」


 隼人が天狗姿を解いて、薄い唇を釣り上げた。目からして愉快そうに笑む。

 やっぱり反則だ。

 『誓い』によって縛り縛られる関係の筈なのに、私だけ縛られているようなの。喉が干上がって言葉を出せないし、一向に勝てる気がしない。

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