祭の後
Web拍手に置いていたSSです。
この後、ハロウィン用の小話投稿を予定しています。
屋台が撤収した跡が残る集落には、昨晩の人混みが嘘幻のようだ。まさに、祭の後の静けさ。
太陽がじりじりと照りつける。標高も高く、湧き出る清水のせせらぎも聞こえる。それでも、平地に比べてお日様が近いからか、日光が素肌を虐めてくる。二人並んで小道を歩く、隼人と千鶴も例外ではない。
「久しぶりに行くから楽しみ。何食べようかな」
千鶴の声は、足取り同様弾んでいる。
郷でのデートで行って以来、彼女気に入りの蕎麦屋さんは、隼人にとっても同じものになった。当然ながら、今日も目的地に。
「夏バテとは無縁そうだな」
「選択肢から既に大盛りを省いているけど、それでも同じことを言うかな?」
ころころと笑う千鶴。木陰が多い中、彼女は日傘を差している。肌を焼きたくないという女子の頑張りより、むしろ熱射病防止の意味合いが強い。
「私より、隼人の方が涼しい顔してるじゃない」
「まあな」
ヒトより身体が頑丈だ。故に、ちょっとやそっとの日差しでは参らないというのは男天狗談。
「あのぅ」
二人の下から聞こえたのは、どこか遠慮がちな声。だが、隼人のシャツの裾をぴんと引っ張る手にはその気配がない。
「おにいちゃん、ありがとう」
少女の唐突なお礼に面食らう二人。
忍である千鶴と、天狗である隼人は、当然その小さな影を捉えていた。けれど、害意は感じられない。郷の往来で行き違う人に過ぎなかったため、にこやかな会釈を添えて通り過ぎるつもりだった。
「隼人の知り合い?」
「いや、初見だが」
男の返答に、女は眉を顰めた。番の言葉を疑うつもりはないけれど、少女の真剣な面持ちも無碍にはできない。
「きのうね、おーきなポッポちゃん、もらったの。だから、ありがとう」
──あれはこの子だったのか。
二人は瞬時に理解した。
昨晩の祭で、隼人は面を着けて散々射的屋を荒らし、戦利品を周囲にプレゼントした。景品の大抵は、落とした横から預かった千鶴が配っている。
けれども、最後に落とした大きくてブサイクな鳥のぬいぐるみだけは違う。彼が手ずから適当な女児に押し付けたのだ。
結果、ヤツは女児から随分とかわいらしい名前をもらっていた。
「俺の仕業じゃないんだよ」
「ちがうの? だって、かみのいろ、おなじだよ」
千鶴に目配せで知らないふりをすると主張した隼人。だが、女児から髪色を指摘されると、言葉をつまらせた。
彼の髪色は地毛で、日本人の中では浮く赤褐色。昨晩、暗がりに面を着用していたが、女児に対して髪色をごまかせるものではなかった。
「あれはね、この辺で時折姿を見せる天狗さまだったのよ。私も彼からお茶をもらったわ」
自然体でフォローする千鶴の言葉には、何一つ嘘が含まれていない。強いて挙げるなら、天狗と男がイコールで結ばれることを伝えなかった点だろうか。
疾しさのかけらもない自然さに、少女は少し戸惑いながらでも納得したようだ。言葉の端々に真実を織り交ぜて偽る手法は忍にも通じていて、千鶴はよく用いる。綺麗事だけでは生きていけない世界なのだ。
「でも、おにいさんすてきね。わたし、おちかづきになりたいな」
女児の意図が分からず頭を抱える。言葉通りの意味なのか深読みなのか。女子というものは、周囲の大人の言葉や言動をぐんぐんと吸収して、いわゆるませた子になりがちだ。
「残念だけどな、コミュ障の俺にはこいつで手一杯なんだ」
隣の肩をポンと叩きながら、自称コミュ障の天狗は続けた。
「世の中にはヒトなんて腐るほどいるし、ましてや男の方が多いんだ。お近づきなら、俺以外の、いや、俺以上のを探すんだな」
「そっか。ざんねん」
すんなりと諦めの言葉を口にした、かと思えば。
「でも、コミュしょうは、うそだよね。だって、おねえさん、たのしそうだったもん」
「奇特な奴なんだよ」
最早苦笑いを浮かべるだけだった。
じゃあねの一言とともに、大きなぬいぐるみを抱えた女児は、とてとてと幼い足取りで二人の来た道へと去る。
「中々の無理難題をふっかけたわね」
「人によってはそうかもな」
「人に依らなくてもそうでしょ。隼人以上どころか、隼人ほどの男性なんて、そうそういないんだから」
さらりと紡がれた千鶴の言葉に、目を丸くした。
「……威力高いよ、お前の言葉」
「人によってはそうかもね」
先程隼人が使ったフレーズで返される。
「俺にとっては致命傷だわ。昇天する。すぐする」
「せめてお蕎麦を食べてからにして」
肩を竦めた男を尻目に、下駄をからころと鳴らしながら顔を綻ばせた。




