天狗と赴く夏祭り(中)
次で完結します。最終話は翌日二十一時の投稿を予定しています。
ゆらゆらと、提灯だよりの灯りが踊る。念願の逢瀬だけれど、どうも落ち着かない。面がお揃いだと言われても、これじゃない感が拭えない。
鄙びた集落だけど、この辺で力を入れている祭だからか、案外人がいる。うんざりしそうな人混みの中、浴衣でめかし込んだ娘さんの華やかさに癒やされる。
もう少し明るい頃合には、古いながらも磨かれた神輿もねり歩いていた筈だ。今年は見ていないけれどね。
辺りに響くのは、禰宜によって朗々と唱えられる祝詞。すぐそばにある古めかしい神社で神事が執り行わているのだろう。神職関係者以外は携われないから、集落のことに詳しいと自負する私も詳細を知らない。
往来に屋台が建ち並んで、賑わっている。中には隼人と同類が紛れているかもしれないけれど、節度を持って騒ぐ分には大いに結構。
最初に立ち寄ったのは祭の定番、射的の屋台。主は馴染みのない顔だった。仕方がないんだ。私をはじめとする唐沢の者が遊びつくして収益にならないからと、射的を開かなくなってしまうから。翌年以降は来ないか、別の屋台を開く。
そして、今年の店主は例年以上に泣いたかもしれない。細工なんて何のそのと言わんばかりに、本気を出した赤毛の天狗に散々弄ばれたから。
隼人が落とした景品を両手一杯に抱えただけの私。 遊ぶまもなく、屋台が店じまいしてしまった。
日が暮れても暑さの権勢が失せる気配がないから、ペットボトルのお茶は手元に残す。他の景品は、寄せられたギャラリーに配分した。
「何か食べるか? すぐそこにチョコバナナやりんご飴の屋台があるが」
「今は甘いものの気分じゃないの。食べるなら粉物とか、麺みたいなのがいいな」
ここで喜んでみせて、チョコバナナで落ち着くのが可愛さなのだろう。だけど、生憎と私は持ち合わせていない。
こんな私を番と見なして、隼人は後悔することなんてないのかな、ありそうだ。連日の勉強と護衛でくたくたの私は、よく負の思考に陥ってしまう。
「わかった。そういうものを探そう」
私の手をすっぽり包み込む、隼人の綺麗な手の大きさ。幾度となく励まされて、安堵させられたっけ。
くいっと引っ張られる。反対の手に持ったペットボトルの中身が、たぷんと揺れる。隼人は人混みをかき分けながら、私を庇うようにゆっくりと歩みを進めていく。
面越しの横顔が、何かを探るようで凛々しい私の番。私の欲を一つ満たすべく、歩きながら辺りを見渡している。
足下で高らかに下駄の音が鳴る。隼人の仕業だけど、珍しい。気配を消すことに長けた天狗が、足音を立てるだなんて。
「お面のカップルさん。よければうちのを食べていかないかい?」
少し歩いたところで、冷やかすような調子が届いた。箸巻の文字が目立つ屋台からだ。溌剌としたお兄さんのものだった。大きな目に彫りの深い、なかなかの美形さんで、女の子たちが遠巻きに見ている。
「聞いていたのか、貴様は。まあ、丁度いいから二つ買ってやるよ」
「毎度あり。いや、話が早くて助かったよ、隼人」
「え、知り合いなのですか?」
「ご名答。かわいらしいお嬢さん。隼人の同類だよ。俺は長命種だけどね」
お兄さんのさらりとした返答に、私の中で情報処理が追いつかなくなった。
屋台から、粉物をとの私の言葉を聞いていたようだ。声の大きさや距離を考えると、普通の耳の持ち主でないことは即座に得心した。
けれども、天狗の長命種とはにわかには信じられない。天狗には隼人のように、人と寿命が然程変わらない短命種と、悠久を生きる長命種がある。
二者間にある隔たりは大きい。短命種は長命種から偶に発生するけど、判じられたら即座に長命種が暮らす森から引き離される。
そんな事情の中で、どうしてこの二者が知り合ったのかとか、そもそもどこから尋ねたら良いのか混乱する。
「まずは名乗らなきゃだな。俺は陣起。色々あって森を飛び出して、短命種のコミュニティに世話になってる。屋台の仕事を斡旋してもらって、今回はここに来たんだ」
「なるほど、あ、唐沢千鶴です。この集落は私の故郷でして」
「よろしく。しかしまあ、かわいい番を見つけて幸せモノだな、隼人」
「まあな。というわけで、何を食べたいか、千鶴」
ここで買うのは決定みたい。比較的空いているのは、私同様、この集落の人たちが箸巻を知らないからだと思う。
陣起さんたちの手元を見ると、割り箸にお好み焼きのようなものを巻き付けている。粉物みたいだし、食べやすそうだし、隼人の既知にお金を落とすのならいいかな。
「じゃあ、餅プラスチーズのをください」
「俺は目玉焼きにするかな」
毎度ありの言葉を合図に、陣起さんの手によって箸巻がつくられる。暗闇の中、提灯を始めとする屋台の照明の下で、熱々の鉄板を使ったちょっとした見世物が繰り広げられる。
薄い生地がニ枚焼かれる横で、目玉焼きがつくられる。餅にチーズも形が変わり、こんがりと焼色がついていく。
餅とチーズを箸で絡めとったものを芯にして、薄い生地が一枚巻きとられる。ただの割り箸を芯にしたものには、仕上げに目玉焼きがトッピングされた。
仕上げにたっぷりのネギやソース、マヨネーズが豪快に絡められて、私たちに一本ずつ手渡してくれた。
「おいしそう」
絶妙な光加減が、つやつやのソースやトッピングのねぎの瑞々しさを演出して、鉄板焼きを美味しそうに魅せてくる。香ばしい香りといい、これを食べずに過ごすのは勿体ない。湯気立つ箸巻に、遠慮無くかぶりついた。
焼きたてだから当然熱い。口の中がぴりぴりといじめられる。シャキシャキのネギにトロトロのチーズとお餅、意外としっとりした食感の粉物のハーモニーが絶妙だ。これ、いい!
「悪くはないな」
「だろ。工夫した甲斐があった」
陣起さんのドヤ顔も、サマになっている。
系統が違うけれど、私が知る限り天狗の人型は、揃いに揃って美形揃いなんだよね、羨ましい。
顔をちゃんと見せたほうがいいかなと悩むけど、自らの面を恥じてお面を外せない。
「ごちそうさまでした」
移動する間もなく、ペロリと平らげてしまった。
食べやすいし美味しいし、あと一つくらいいけるかも。どうしようかな……。
「ソースがついてる」
一言飛んでくると同時に、朱色が目立つ狐面が迫る。
唇の右端をざらりとしたものが通ったかと思うと、唇に柔らかいものが触れた。
言葉を失って、わななく。だって、だって、だって、外だよ、外! 部屋で隼人と二人きりのときならともかく、少なくとも陣起さんの視線を感じているよ! そんな中、口についたソースを舐めとられた挙句、キスまでだなんて! 面を着けているから表情はあまり読み取られないかもしれないけりど、羞恥心でいっぱいだ。
「は、はや、と」
「ん、ソースは取れたな」
「な、な、な……!!」
か細く、私に仕打ちした相手の名を呼ぶのが精一杯。天狗の口付けが神聖な行為だって言うのに、最近の隼人のキス魔ぶりを目の当たりにすると、本当なのだろうかと疑念が拭えなくなってしまう。
「んまっ、こちらもごちそうさま」
「言わないでください! 見世物じゃないので!!」
心なしか天狗二体の声が弾んでいる。愉快さを活力にする彼らに全力でからかわれると、なすすべがない。本気で抗うのが馬鹿馬鹿しいって分かってる。分かっているけれどっ……!!
「いいことだよ、仲よしなのはね。そして君の恥じらいも」
陣起さん、輝く笑顔でサムズアップしないでください。
「こんな風にイチャイチャするのもいいよね」
屈託ない笑顔を私の背後に向けた。
考えたくなかったけれど、結構な野次馬が集まっていたのね。
屋台の周りに人だかりができたところで、私の腕を引く者があった。誰の仕業か分かっていた私は、身を任せた。隼人と二人、その場を後にする。
彼の足元は無音だった。




