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天狗と赴く夏祭り(前)

和モノ夏企画用に。本編他を読まなくても分かるように書いたつもりです。全三話。二話目は翌日二十一時の投稿を予定しています。

 我が家の小さなリビングのテーブルで、参考書をやる気なくみている赤毛の男の背があった。


隼人(はやと)

「どうした、千鶴《ちづる》」


 振り返った男の顔はけだるそうで、麗しい。姿形はヒトと変わらないように見えるけれど、彼、山瀬(やませ)隼人は烏天狗(からすてんぐ)だ。人郷で暮らしているから、ヒトの姿をとっている。私の、表立っての恋人。

 この表現には事情がある。天狗社会では、私達は(つがい)、つまりは夫婦になる。けれども人間社会では、同じ学び舎に寄せる現役高校生同士、というわけ。

 親族公認の仲なので、婚約者とも表現できる。でも、好き合っている二人を表現するなら恋人の方が好きなの。


「来週に私の地元で夏祭りが催されるから、一緒に行こうよ」


 受験勉強漬けでご無沙汰だったデートへのお誘い。こういうのは大抵彼からだけど、たまには私も。


「悪くはないな」


 ゆったりとしたバリトンは、彼独特の言い回しも相まって尊大な響き。ともあれ即答された。気乗りして、付き合ってもらえるみたい。ゴールデンウィークに二人で遠出して以来だから、すごく楽しみ。


 とにかく、彼との久しぶりの外出が決まったから、私は心躍らせた。そのお陰で、学校からたっぷりと出された課題の進捗が、予定より早まった。




 そして迎えた当日。


 神社での待ち合わせを却下され、隼人から私の一族が営む旅館の一室に呼ばれた。旅館経営は忍者稼業の隠れ蓑なのに、かなり力を入れている。

 部屋に入ると、新しい畳の香りが心地好い。中庭の木の枝ぶりの見事さも伺える。今晩ここに隼人が一泊する。料金は普通に彼持ちだ。財界の重鎮がお忍びで利用するような宿だから、結構高額なのに。


 そもそも、街で一人暮らししている彼の家も、家賃が結構高そうだったっけ。前に夕食だけ作る事になった際に、一月分だとぽんと六万円出されたこともあったんだ。その時点で、彼の金銭感覚についてもう少し考えるべきだった。


千鶴(ちづる)、その格好……」

「浴衣は一人で着付けられるつもりだったけれど、どこか変だったかな?」

「いや、そうじゃない、そうじゃないんだ、千鶴」


 否定の言葉を口ずさむけれど、表情はどこかかたい。


 隼人との夏祭りだからと力が入り、母が使っていた浴衣を引っ張り出した。丁寧に虫干しも。

 母からはせっかくだからと新しい浴衣を買うことも勧められた。けれども、固辞した。古典的な藍染めが占める生地の所々に、白抜きに色が乗せられた花火みたいな色使いが気に入り。金魚が彩るとんぼ玉の(かんざし)で、髪をささっとまとめている。

 大きくなったらこれを着てみたいと、兵児帯を揺らした私はわくわくしていたんだ。だからこそ、今この機会に、と張り切ったけれど、新しいものの方が良かったのかな。


「は、隼人?」


 でも、今さら他のなんて気分ではない。浴衣はこれだけだし、隼人とのデート用にと買っていた服は、街の住まいに全部置き去りにしてきた。だから、今から取りに帰るのは無理。


「ここに来てもらって正解だった。そんな格好、反則だ。浴衣姿が艷やかすぎるから、俺以外の目に触れさせたくなくてな」


 そちらだったの。歯の浮くような台詞も、隼人が言うとなぜかサマになる。


「ほれ。口元は開いているのを選んだから、屋台で買い食いはできるだろう?」


 白い放物線がすっと描かれた。隼人が投げて寄越したのはお面だった。頭から目や鼻が覆われる、青や黒で隈取(くまどり)された、白い狐のもの。

 祭りの醍醐味の一つは、屋台の食べ物をぶらぶらしながら食べること。お面の口元は開いていて、確かにその点での気遣いは見える。見えるけれども!

 せめて、祭の出店で買いたかった。初っ端から面を被るなんて、罰ゲームじみている。


「似たようなのはないかな? 隼人にもかぶせたいからね。かっこいいから、心配なんだよ、私」


 一人で着けるのはあまりにもと思って、隼人にも求めてみた。むしろ、私よりまずはこっち(隼人)だよね。

 驚き顔程度では崩れない赤毛の美形が、墨色の甚平をさらりと着こなしている。祭りという開放的な場なら、女の子が声をかけると思う。しかも、一人や二人で済まないはず。決して、恋人の贔屓目というわけではない。


「千鶴でもそんなことを言うんだ」

「私を一体何だと思っているの?」


 聖人君子ではない。だからこそ、私は隼人がちやほやされる様子を見ていい気分にはならない。

 私たちが通う学園には、品行方正で生真面目な生徒が多い。理性的な彼らの間には女癖の悪さが耳に届く故に、隼人は恋愛対象としては敬遠されていた。けれど、もしもそんな噂が立っていなければ、あるいは学園外なら、隼人はかなりもてた。


「学校で婚約者の存在があるをようやく伝えたが、俺だとは言わないからな。『彼女』から俺らを水入らずの二人きりにしようと画策されたり、気を使われそうだから言いたくないって千鶴の主張は分かるが、やはり、な」


 隼人が私達の婚約を公にしたがっているのは承知している。逆に、私がしたがらない理由を、隼人は汲んでくれている。申し訳ないけれど、私たちから卒業するか、在学中にお嬢様護衛の任を終える事態にでもならない限りは明かすことができない。

 最低でも、自由登校になる最終学期までは待ってもらわなければ。


「まあ、『それ』を使ってくれたから、俺に千鶴の想いは伝わってくるけどな」


 隼人がはにかんで、私の胸元を撫でた。厳密には、小物を詰めて襟の下に納まっている筥迫(はこせこ)を。本日おろしたての品だ。

 筥迫には所々輝く浅葱色の生地に、黒い羽が織り込まれているものが貼られている。隼人(天狗の男)が婚礼衣装用に作った生地だった。神聖なものだけど、余り布で筥迫を誂えてもらった。身につけることで、隼人を少しでも近くに感じられるように、と。


 因みに作った職人は隼人と同じ短命種の天狗で、散々からかわれたそうだ。

 そんなこと、隼人はおくびにもださなかった。つい先日、さり気なく渡されただけ。

 私が何故知っているかといえば、隼人の姉である美森(みもり)さんのタレコミによる。


 二人きりのときは、互いに努めて甘い雰囲気を醸そうとしているけれど、補えている気がしない。忍者と天狗が、どこかピリピリとしている。現に、今も。


「私が唐沢(からさわ)に縛られ過ぎなのかな」


 最近、頭の中をぐるぐる巡る思考。


「千鶴は悪くない。任務に対して熱心なだけだ。それに、唐沢がなければ、俺は千鶴と番になれなかった。そもそも、知り合うことすら叶わなかっただろうな」


 隼人の言うとおり。我が唐沢家が一族総手で忍者稼業をしていなければ、天狗の血を取り込みたいと考えることもなかった。私は生まれ育ったこの集落から出ることもなく、お嬢様の護衛のために入学した学園で隼人と出会うこともなかったはず。そもそも天狗の血を入れようと考えるものもなく、隼人との見合い話も発生するわけがない。


 私たちの関係からは、唐沢の家を切り離せない。


「唐沢に縛られるのは仕方ないけどな、家のことを考えるの、今だけはやめろ。どの屋台を見たいとか、何を食べたいかとか、そっちで悩むんだな」


 いつの間にか、私の注文に応えていた隼人。朱の隈取が目立つ狐面を顔に着けていた。

 片方の口の端を上げていて、普段見るようにニィっと笑ったのだろう。以前はこの笑みに胡散臭さを感じていたのに、今では信頼を寄せているから、不思議なものだ。

 本当のところ、人型より烏天狗の口元の方が好きなんだよね。人型は作り物のような造形に思えるのに、お面でその口が強調されてしまった。思わぬ盲点だ。


 けれど、今更外させるって選択肢はない。面の下を明かしたら、暇を持て余して祭に来た女の子たちの注目の的になってしまうからね。それは嫌なの。


 とにかく、これで準備完了。古びた下駄に足を通して、蒸し暑さの残る星空のもと二人で繰り出した。宿の従業員たちからの冷やかしを背中で受けつつ。

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