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【02】こんな背景、知りたくなかった

 本日二話更新します。二話目は21時を予定しています。

 天狗として紹介されたのは、中等部からのクラスメイト、山瀬隼人(はやと)だった。

 親族縁者の大半よりも長い間、見ている顔だから、嫌でも名前は覚えている。


 彼が私をフルネームで呼ぶのは、同学年にもう一人、唐沢姓がいるから。我が唐沢家()とは無関係の子だけど。


 何で、私に宛がわれた婚約者が、よりによって彼なんだろう。私の心に地球がくくりつけられた気分。

 私と山瀬との関係は、……たとえるなら、水と油。まともに口をきいた事すらない。


 顔も良くて運動神経、果ては成績もなんて、クラスでは人気の男子。それこそ、教科書をさらっと読んで、あっという間に理解してしまう類の人種だ。厳密には、人じゃなくて天狗だと知ったけれど。


 色素が薄くてチャラチャラとしたな形振り。それに似合った異性交遊の噂もあり、大半が事実だと知っている。尊大な態度をとりがちな山瀬のことは、どちらかといえば苦手だ。まさか、彼が文字通りの天狗だったとは。

 彼自身、女性らしい女の子が理想だと公言しているから、華やかの欠片もない私に対して、好印象を抱いているとは思えない。


 元来、地味だと自負しているけれど、クラスでは輪にかけて地味に振舞う私。顔を誰かに晒したくなくて、分厚いメガネをかけている。逆に、こいつに視力が奪われているほどだ。

 それにも関わらず、山瀬は一瞬で私に気付いた。

 声が原因かな。私自身、何て特徴がないつもりだけれど、山瀬から見たら浮いた個体なのかもしれない。


「しかし、唐沢千鶴、マヌケな面だな」


 高慢な物言いは健在だ。けれども、唐沢の家から頼み、見合いしてもらっている身。故に、誰も何も言わない。

 私も、無言の圧力に屈している。


「大変失礼しました」


 こう返し、表情を消すので精一杯。

 そもそも、いきなりのクラスメイトの登場に、驚き顔という隙を見せた私が悪い。そんな空気だった。


 微妙な雰囲気の中、話はさっくりと纏められた。互いをよく知るべく、高校卒業までは許婚でいるようにとの一言で、締められた。

 私の意思なんて一切関係なし。天狗さまと唐沢の女子を契らせたい里の者と、天狗さま本人の間で話がついてしまえば、私にはどうしようもない。


 山瀬のタイプとは程遠い、ちんちくりんの私が宛がわれてしまうなんて。

 我が事ながら、その一点だけは山瀬に同情してもいい。




 せっかく連休を使って訪れたのだ。懐かしくて大好きな空気を満喫しなければ。

 里の山道を、自分のペースで練り歩く。紅葉にはまだ早い時期だけど、秋の目の保養にすべく、所々で育てられているコスモスが綺麗なんだ。人が疎らなこともあって、とても過ごしやすい。


 先ほどまで振袖の帯で、ハムよろしくギューギューと締め付けられていた身体には、より一層の開放感。

 旅館の従業員用の甚平は、動きやすくて、柄も悪くなくて結構好き。


「中々良い場所だな。唐沢千鶴の里は。小旅行と思えば、空気や雰囲気は悪くはない」


 突如、どこからともなく、気配もなく見知った顔が現われた。山瀬だ。彼も甚平だ。宿泊者向けの。柄や色の違いで分かるようになっている。

 用事が済んだなら、さっさと自分の住処に帰ればいいものを。


「そうね。でも意外。用事が終われば、さっさと帰るものだと思っていたわ」


 元々クラスメイトなのだ。お嬢様に対しても、くだけた言葉遣いをしているのだから、こいつに敬語を使うのも変な感じがする。だから、他者の目がないところでは、言葉が普段通りになる。


「折角きたのだから、たまにはな。それに俺は、ヒトと違ってあの街まで一瞬で帰れるから」


 口の端を片方だけ吊り上げて笑む山瀬。嫌みたらしい。

 天狗は空を翔るというけれど、この距離を一瞬で帰ることが可能なのか。道中数時間かけて、つらい思いをしてきた身としては、ちょっとだけ羨ましい。


「何なら帰るとき、唐沢千鶴を一緒に連れて行っても構わないが」

「結構よ。途中で落とされたらたまったものじゃないし、ちゃんと自分の足で帰る。愛用していた路線が廃線になったから、里帰りの道程を覚えなおさないといけないのよ」

「しかしまあ、つれないな。婚約者という間柄になったんだ。もっとこう、親睦を深めることは出来ないものか」


 先ほどの私をマヌケ面だと評した山瀬が、白々しく注文する。言葉遣いを改めただけでも十分でしょう。


「私、人並みに恋愛をしてみたいし、そもそも、地に足をつけているような人がタイプなの。泰然自若といった風な。山瀬は吹く風に乗って、あっという間にどこかに行きそう。天狗さまだと聞いて、納得した」


 そんなに速く動けるなら、私が彼を気にする必要は一切ない。自分のペースで歩き続け、息切れしない程度に言葉を返していく。無視しないだけましだよね。

 山瀬に自分の好みについて語ったところで仕方がない。山瀬が変わるとも思えないし、婚約者がチェンジするとも思えない。けれども、先ほど一族の前で貶めてくれたことに対して苛立っている。

 暗に、心を許すつもりはないとアピールしてみてもいいでしょうに。


「ひょっとしたら、山瀬のようなのが好みだという女子が、里のものの中にいるかもしれないしね。訊いてみようか?」

「要らん。そんな面倒なこと」

「婚約が面倒なら、山瀬の方から破棄していいよ。……私からは難しいから」


 婚約期間は、私たちが学生である一年半弱。卒業の際に、契るか、破棄かを選ぶ。両者の合意により、契ることになるというのは表面上。実際、私にはほぼ拒否権はない。

 天狗さまの血が欲しい唐沢の家が、この機会を逃すまいと必死で、あれやこれやと私を懐柔にかかるのも想像に難くない。

 さすがに、山瀬の方から断られると、唐沢の家からは、とやかく言えなくなる。


「そうすると、どうせ他所から持ち込まれるのだろう。それはそれで面倒だ」

「じゃあ、期日までは婚約を表向き継続して、のらりくらりかわすってこと?」

「時間の流れによって、思わぬ効果を得られることもあるからな。唐沢千鶴の立場からしても、すぐに断るよりは無難だろう。家での君の、あるいはご家族の立場もあるだろうから」


 分家の末端である私の家族。私が断れない理由を的確に持ち出されると、沈黙するしかない。


「何か気になることはないのか? 天狗社会についてとか。この際だ。質問に答えてやる」


 言い方は癪にさわるけれど、天狗社会という単語には妙に惹かれた。扉を開けてみたい、魔性の響き。


「短命種と長命種の違いは寿命だと聞いているけれど、どんな風に見分けたり、区分されたりするの?」


 長老さまから聞いていた単語が気になっていたから、この機会にと早速訊いた。遠慮なんてしない。


「見分け方は、つかまり立ちの時期かな。短命種は成長が著しい。一年程度でするんだ。長命種だと、五年かかるやつも珍しくないらしい」

「一年程度で区別されるのね。それで、短命種だと判断されると、どうなるの?」

「基本的に親兄弟は長命種なんだ。長命種の変異体が短命種だからな。短命種と判断された幼い天狗は、人間社会へと放逐される。他の短命種の者や、事情を知る人間のもとに養子に出すことでな。とある自治体の役所に、天狗の縁者が潜り込んでいる。戸籍云々の手続きをそこでおこなえば、人間社会への一歩を踏み出すことになる」

「じゃあ、山瀬も……」


 自治体一箇所さえ掌握できるなら、戸籍の件は片がつきそうだ。こうやって、人の時間軸と近しい彼らは、人として生きていくのだろう。


「そうなるな。俺も当初は養父に育てられていたが、……彼が不慮の事故で逝ってからは、手探りだ」

「……で、今は元々の家族とは没交渉なのかしら?」


 口に出してから、失敗を悟った。山瀬の顔が、一瞬だけ翳る。


「姉と名乗る女が、偶にふらっと訪れてくる。あいつは、今では俺よりずっと幼く見えて。成長速度が俺と全然違って、あいつとは別物なんだって現実を突きつけられる。会う姉は割と奇特なんだよな。短命種がほぼ先に死ぬからって、長命種の親兄弟は会いたがらないものなんだって」

「あー……それは、そうなっちゃうか」


 興味本位で訊ねたことを、私はちょっとだけ後悔した。山瀬のこんな背景、知りたくなかった。

 読んでくださりありがとうございます。

 次回の更新は、本日21時を予定しています。

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