初詣・弐(塩屋実花)
年の始まりに相応しい、雲ひとつない青空が広がっている。学校の最寄駅から上り方面に一駅。ここに学業に強いと地元で評判の神社がある。他にめぼしい場がないからか、地元の人たちでごった返している。
無意識に自分の髪を弄ってしまう。ちょっとパーマがかった髪をくるくる弄ると、枝毛を見つけてしまって気分が萎えた。新年早々見つかるかなぁと、気持ちが萎えてしまう。ブルー。今の空の色みたいなのじゃなくて、こう、澱んだ青。
「山瀬、誘えば来るかもれないじゃない。確か、この近くに住んでいるんでしょ?」
「住所はこの辺だったけれど、あいつ、人付き合いはイマイチだからな」
交通機関が混雑するかもって早めに出たら、約束していた時間より大分早くついてしまったんだ。だから、最寄から一緒にでてきて、他のメンバーを待っている二人と軽口をたたき合っている。
今日は年末に比べて気温が上がっているから、じっとその場で待つのもさほど苦にならない。
私と一緒にいるのは、男子一人女子一人。どちらも幼い頃から互いに知り尽くした腐れ縁。
「で、実花はどう思うの?」
「うーん、どうなんだろう」
私は曖昧に濁した。けれど、本音を言うなら、山瀬君は誘えば来ると思う。千鶴ちゃんを誘っていることを伝えたら、の話だけど。
千鶴ちゃんの噂について、私が考えていることがあったんだけど、それを唱えるたびに他のクラスメイトから一笑に付されているんだよね。
最近、千鶴ちゃんが綺麗になったと評判なの。少し目立たないながらも、前々から中々の美少女だったと思うのだけどね。でも、三年に進級した頃から、表情が少し和らいで、ますますかわいく映るようになったのは確か。数ヶ月前に、彼女に告白した男子が現われたほどなの。
千鶴ちゃんの返事は、ノー。
それはまだいいけど、婚約者がいて、彼の事が好きだからという断りの文句に、周囲が驚いていた。
私も最初は驚いたんだ。千鶴ちゃんの雰囲気が変わったのは、とある男子クラスメイトの仕業なのではって考えていたから。
千鶴ちゃん、前はそのクラスメイトのことを、時折刺すような視線で一瞥していた。最近は、彼の方を殆ど見なくなっていた。見るのを避けているような雰囲気だけど、嫌悪によるものではなさそうで。
だから、関係に変化、しかも割と良い方に転がったように映ったんだ。
婚約話を知った私は、ちょっと乱暴な仮説を立てていた。千鶴ちゃんの婚約者は、山瀬君じゃないのかなって。
「実花。婚約者の件について、飲物でも賭ける? 千鶴ちゃんに真相を尋ねてみてさ」
「ううん。そこまでするつもりはないな」
彼女の一言に、私は首を横に振った。別に仮説の真相を確認したいわけじゃないし、ましてや何かの賭けの材料にしたいわけじゃない。
最近付き合いの良くなった千鶴ちゃん。だけど、彼女が高校卒業を期に、彼女の地元の郷里に戻ると聞いた。折角だから、少しでも多く会いたいって思うじゃない。目の保養になるから、尚更ね。シンプルな服ばかりなのが残念だけど。
「山瀬にも声かけてみた。唐沢を餌にして」
腐れ縁の野郎は、言いながらニヤリと笑っていた。私の仮説を信じていない風で、この現状を楽しんでいるだけだけど。
「餌って言い方はどうかと。声をかけてもいいとは思うけど」
険のあると自覚できる声が悲しい。
千鶴ちゃんの婚約者について、我ながら中々の推理だと思ってた。だけど、目の前にいる女子にこの仮説をぶつけたら、笑い飛ばされた。真面目な千鶴ちゃんが、成績優秀だけど、どこかいい加減な雰囲気の山瀬君と、どうこうなるとは思えないって。
真面目な人ほど、ふとした切欠でそうでない人に惹かれるんじゃないかって返したんだけど、相手にされなかった。
で、今アプリを飛ばした男からは、唐沢千鶴に限ってそれはない。大体山瀬のタイプじゃないだろう、とも加えられた。
「早え。山瀬から返事来た。近くにいるからすぐにくるって」
来るんだ、彼。こういう誘いにのるなんて珍しい。少し赤みがかった髪の持ち主が、脳裏に浮かぶ。
二人からは散々に否定されたけれど、少なくとも、山瀬君は千鶴ちゃんに、何かしらの感情を抱いている。
さりげなく、本当にさりげなくなんだけど、他のクラスメイトに向けるものより、千鶴ちゃんに頻度高く視線を寄越していたんだから。
そんな事を知っている私は、多分、山瀬君をよく見ていたと思う。恋愛感情なのか、そうでないのかは自分でもよく分からない。だけど、彼にまつわる変な噂が流れてきても、それを信じるか否かはさておき、幻滅したりしなかったんだ。我ながら不思議だ。
好ましいとは思っている。少なくとも、彼の外見は私の好みに近いから。皮肉屋で、その口調につられたような、どこかアイロニカルな表情も、好みは分かれると思うけれど、私はやっぱり好き。
人波の圧が唐突に増す。電車が到着した直後は、人の往来が激しくなるからね。
その中に、色素の薄い背の高い男子が見えた。私の知ってる彼なら、電車に乗る必要はなさそうだけど。
「あ、もう着いていたんだ。あけましておめでとうございます」
「え、あ、山瀬、と、唐沢さん!? えっと、唐沢さんが眼鏡外しているなんて、珍しいね。というより、俺、初めてかも」
あまり触れる人がいないけれど、千鶴ちゃんも、眼鏡をはずして髪を下ろせば、山瀬にひけをとらない美人さんなの。体育は男女別だったから、水泳のときの千鶴ちゃんを男子連中は知らないんだよね。眼鏡に隠された美少女が我がクラスには二人。そのうちの片方なんだ
だから、眼鏡無しで二人並ぶと、結構絵になるんだよね。
って、まって、野郎。ツッコミどころはそこじゃないでしょ。そこも確かに言いたいところではあるけど。山瀬君と唐沢さん、手を繋いで寄り添っていて、ちょっと一緒にいるのに慣れた、でもどこかあついカップルにしか見えない。何で君はそこに触れないのよ!
「あれ? 千鶴ちゃんって婚約者、いるんだよね? 他の男子とそんな風にしてていいの?」
そう、そこよ、そこ!
一時期、千鶴ちゃんは榛葉とよく一緒にいたけれど、奴に千鶴ちゃんはもったいないと思っていたのよ、私。よく言えば大らかなのかもしれないけれど、結構日和見なチキンだからね、あの男。千鶴ちゃんほどの子なら、もっと包容力があるほうがいいよ、うん。その点、山瀬もどうかとは思うけど、榛葉よりはいいかな。少なくとも、千鶴ちゃんをしっかり見ているだろうから。
千鶴ちゃんと山瀬が一瞬互いの顔を見合わせて、山瀬が口を開いた。
「唐沢千鶴の婚約者、山瀬隼人と申します」
「え、それ、マジなの?」
男がすかさず軽くツッコミを入れる。山瀬の眉間に皺がよるのを見て、男からおちゃらけた空気が霧散した。
あ、これ、本当なんだ。そんな空気が場を支配する。弄るときと場合をあまり選ばないながらも、最低限の空気を読んで、途中で黙るという術を心得ているのだよな、こいつは。
「マジか」
「うわー。実花ちゃんの予想、大当たりだったんだ」
うなだれる男子に、どこか呆けた声の女子。うん、仕方ないよね。今の今まで信じていなかったし。というより、仮説を出しておきながらまさかの正解に私自身が一番驚いているからね。
対して、千鶴ちゃんまでどこか怪訝そうな表情を浮かべた。まあ、勝手に予想されるなんて気分のいいことではないからね。
「予想?」
「あ、千鶴ちゃんが婚約者いるからって隣のクラスの男子を振ったって噂になってて、その時に実花ちゃんが、千鶴ちゃんの婚約者が山瀬君じゃないかなんて言ってたの。私は全然信じてなかったんだけどね。本当だったとは」
この子、口は軽いけれど嘘は言わないからね。昔からそうだった。さっぱりしていて気持ち良いんだ。だからこそ、内緒話はできないけれど、付き合いを続けていられる。口の軽さが仇になって、離れていかれた友達もいるみたいで、当人は悲しがっていたけどね。
「へぇ。塩屋、見る目あるな」
山瀬が笑った。ニヒルな感じでなく、どちらかというと屈託ない笑みで。
私も、男子も女子も、婚約者の真相以上に、そちらに驚いた。目を見開いて、互いに頷くけれど、言葉が出ないの。
約束の時間二分前に、声をかけた人たちが揃った。
けれど、落ち着かない心持ちのままだったから、そこに至る過程は、私の記憶からすっぽりと抜け落ちてしまっていた。




