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初詣・壱(唐沢千鶴)

 年始だからと、華やかな振袖を着ている女性が、テレビ画面に多く映し出されている。番組自体はそんなに興味が持てないけれど、着物の華やかさに気をとられて、チャンネルを変えられずにテレビに釘付けになっていた。

 手元で弄んでいた、シリコンケースに収められた薄っぺらの金属塊が、唐突に震えだす。私のスマホはバイブレーターだけ設定している。人より利く耳には、着信音が障りだから鳴らさない。

 アプリでなく電話なんて珍しい。クラスメイトの名が液晶画面に浮きあがった。ボタンを押して、通話体制をとる。


『もしもし、千鶴ちゃん? 明けましておめでとう。今、電話大丈夫かな?』

「大丈夫だよ、塩屋さん。今年もよろしくね」

『よろしくね。あのね、千鶴ちゃん、確か今年は遠くの実家に帰ってないんだよね。クラスの何人かに声をかけているんだけど、千鶴ちゃんも一緒に初詣、いかない?』


 機械越しでもクラスメイト、塩屋さんの声は透き通っている。見た目通りのふわふわとした口調で、用件を切り出してきた。

 腕に通した落下防止のストラップを弄ぶと、チェーンがシャラリと音を立てる。


「初詣?」

『うん。最近千鶴ちゃん色々付き合ってくれるようになったから、高校最後だし、どうかな? って』


 私は部屋の中に視線を泳がせた。絡めとるのは、勿論期待通りの人。山瀬隼人と名乗る天狗で、私の……何て表現したらいいのやら。

 天狗の世界だと夫だけど、人間社会ではまだ婚約者という、微妙な位置付けの『家族』だ。


 私が用件を声に出さなくても、人間より利く隼人(天狗)の耳は受話器越しの塩屋さんの声までしっかりとらえている。仕草で語る。行きたければ行けばいい、と。


「家族は行ってもいいって。待ち合わせとかどうするの?」

『家の人の許可が出たんだ。じゃあ……』


 元旦に誰からも誘いがなければ、隼人と元日を避けて初詣に行くつもりだった。互いに、同性の級友からの誘いに限って乗るということも決めていた。

 時間や待ち合わせの場所、現在決まっているメンバーが男女合わせて八人との情報も貰って、通話は終了。

 最近はアプリでの連絡が大半だったから、こうして電話がかかってきたのは久し振りで、ちょっと戸惑った。

 塩屋さんの声は高めで、ふわりと女の子らしい軽やかな喋り方をするから、とてもかわいくて。


「連中も来るのか」


 隼人が、眉間に皺を寄せた。あまり好ましくない人でもいたのかな?

 クラスメイトの、割と親しいメンバーが中心だったから、さして気に留めなかったけれど。


「メンバーに少しだが、野郎がいるだろう」

「妬いてるんだ、隼人」

「悪いかよ」


 クラスメイトたちに私達の仲を公開しない代わりに、私は男子と一対一での会話をしないように、一応心がけた。

 学校でどうしても必要な会話は仕方ないけれど、それ以外の雑談的なもの。他の女子を巻き込むか、すぐに打ち切るか。

 一人だけ、何故か告白らしいことをしてきた他クラスの男子には、婚約者がいる旨、そして私自身が婚約に前向きなことを説いて断った。

 以降、私に積極的に近付く男子は減った気がする。隼人の名前を出さずに、婚約のことだけ伝えておけば良かったのだと、やっと気付いたのは最近のことだ。


「じゃあ、隼人も一緒に行けばいいじゃない。クラスメイトでばったり出会って、目的地が同じなら一緒に行動したって不思議じゃないでしょう」

「それもそうだが……」


 隼人は、クラスで必要以上に私に接触しない。近付いたら私に対する欲を隠す自信がないからって。

 私を抱き締めて他を威嚇する彼の図が、今では容易に想像つくんだ。


「三学期は自由登校だよ。お嬢さまは殆ど来ないの。だから、隼人と一緒でもいいかなって」

「そうかっ!!」


 ものすごい勢いで、隼人が私の手を取った。表情が恍惚としている。

 申し訳なくなるほど、ずっと我慢させていたから。私の婚約者だって名乗りたくて、私を独り占めしたい気持ちも知っていたから。

 隼人の忍耐も、今日で終わりにする。婚約のこと、クラスに明かしてもいいかなって。


「一応、会長にだけは断りを入れておこうかな。お嬢さまの護衛に影響が皆無とは言えないから」

「そうだな」


 高等部三年の冬期休暇。十月に生徒会長を退いているから、本来は前会長と呼ぶべきなのだろうけど。中等部の二年間、高等部にも二年間、生徒会長職を務めた彼の事を、今更他の呼称では呼びづらい。

 会長にアプリで連絡を入れると、素早い返答があった。隼人と二人で覗き込むと。『やっとか』の素っ気無い一言だけ。

 ともあれ、彼に伝えたので私としては憂いはない。


「二人で近隣を出歩くのは、初デート以来だったかな」

「そうね。私の郷や遠方はあちらこちら行ったけれどね」


 華やかに振袖を着こなす人もあるかもしれない。けれど、私は元々今日の初詣を考えていなかったから、着ない。

 振袖は一セット持っているし、帯の結びを派手にしようとしなければ一人で着付もできる。

 でも、着るなら隼人と二人きりで出歩くときの方がいい。他の、隼人との外出のたびに増えた可愛らしい服も。


 そうすると、紺色のちょっとかわいめのジャージ上下にコートという、何ともやる気のない格好が出来上がってしまった。これだけだと寒い。言うまでもなく、防寒対策として、ジャージの下にタートルネックの発熱素材の服も着ている。ついでにノルディック柄のマフラーも。


 神様の前にその格好で出て、挨拶をするのもどうかな、と一瞬悩んだけれども、この格好で行くことにした。

 日本に限らず、神様ってそこまで現代の形式にこだわっているとも思えない。昔からのしきたりに則った祀り方に拘るほうがスマートだとも。そこに至るまでの人々の経験による蓄積が作り上げたものだと考えているから。


「千鶴は何を着ても可愛いな」


 隼人の口付けが、私の額に落とされる。恥ずかしげもない、ごく自然な彼の振る舞いに、私はいまだに慣れない。

 そう言う隼人は相変わらず黒っぽい服だ。彼の色素の薄さだと、かえってそれがシンプルでよく似合うのだよね。羨ましい。

 けれど、服と彼の身体が作り出すシルエットとか、よく見ると彼なりのこだわりが見て取れるんだ。


「隼人はかっこいいね」

「千鶴にそう思われて何より」


 最近、隼人はふにゃりとした可愛い笑みを浮かべるようになった。気だるそうな表情がデフォルトの美形が、こんな笑顔を見せるなんて反則だ。ますます好きになってしまう。

 この顔を、他の誰かに晒すのは嫌。醜い欲がじわじわと私を侵食していく。隼人が淹れてくれたコーヒーを染めていくミルクみたいに、歪んだ輪を描いて。


「千鶴、どうかしたのか? 浮かない顔をして」

「何でもないよ。そろそろ出ないと遅れちゃいそう」


 汚いものを抱えていること、隼人に知られたくない。

 隼人も嫉妬を口にするけれど、軽やかであっけらかんとした物言いで、あまり澱んでいないから。私を安心させるために言っている気さえする。

 鈍い私と違って、鋭くてスマートなんだよ。


「隼人、何だか嬉しそうだね」

「当然。学校と家以外で、こうして千鶴と触れ合うのが久し振りだからな」


 指に何か刃物をつき立てられたような痛みが走る。中々厳しい寒さは、山深い私の郷里並みの冷え込み。

 だけど、私達は手袋をはめていない。互いの手のぬくもりで、温めあっている。手を繋いで寄り添って、塩屋さんたちと約束した場所に赴こうとしている。


 雑踏に溶けそうな、無機質な振動音。私のスマホじゃない。今度は隼人のもの。

 私の手から離れたぬくもりが、ジャケットのポケットから、流れるような所作で薄い金属塊を取り出す。ケースもストラップもイヤホンジャックもない、無機質さが全面に押し出された隼人のスマホ。少し節の目立つ、男性らしい造形の手で画面をタップする。


「俺も誘われた。行くって即返事しておいた」


 小さな画面から離れた目が、私の目を覗きこむ。メンバーの男子の一人から、隼人にアプリで伝えられたという。


「これで、現地に行っても違和感ないな」

「そうね」


 再び繋がれた手は、互いに少し冷たくなっていた。また、あたためあわなければ。

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