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【01】突如持ち上がった婚約

 私は非常に苛立っている。

 普段は片田舎の旅館で働いている父親が、珍しく私が住むマンションの一室にいる。その上、居間に私を呼びつけてきたから。


「何か御用でしょうか? お父様」


 私は顔をしかめた。彼と一対一で話をするときには、これまで例に漏れず、碌な話をされなかったのだ。身構えるのも当然でしょ。


「我らが唐沢(からさわ)の家は先祖代々忍を排出しているが、現在では依頼を受けて、密かに要人等の警護にあたっているのは言うまでもなかろう」

「ええ、現に私も、ですからね」


 そう。父が出稼ぎしているというのは表向きの話。私がこちらで稼業をしているから、家族が分散して暮らしている。


 この地方で幅をきかせる財閥のご令嬢は、現役女子高生だ。財閥系列の進学校に通っている。セキュリティーはある程度しっかりしているけれど、念には念をと、同学年で忍として認められていた私が、校内での彼女の警護に当たっている。

 流石に、学校にまで黒服(SP)が入ってきていたら、彼女も、その周辺も身構えてしまうから。


 私は、中等部時代から、お嬢様の一介のクラスメイトとして、つかずはなれずの関係を保っている。

 お嬢様本人は、このことを知らない。私が護衛だと知られたら、クラス間で歪な関係になりかねないから。同じ学校に通う彼女の幼馴染一名だけが、護衛の件を知らされている。彼は、中等部から生徒会役員に名を連ねて、現在は高等部の生徒会長だからね。


「我らが祖先は、人離れした体力や聴力を得るべく、過去に天狗さまと契っていたそうだ。しかしながら、最近は先祖返りする者も減り、その力を受け継ぐものが殆どなくてな。そこで千鶴(ちづる)、お前に白羽の矢が立った」


 お父様の言葉を密かに反芻する。

 ……って、私の先祖に天狗がいたってこと? そんなの初耳なんだけど!


「白羽の矢とは?」

「ああ、天狗さまと契ってくれ」


 表情も変えずにあっさり言いおった。このタヌキオヤジ。


「相手はどこに? まさか、ありもしない存在を探し出せなんて仰らないでくださいね。私、修行がてら、お嬢様の警護と進学校の授業に追いつくべく励まねばならないので」


 進学校で目立たないように、悪目立ちもNG。私は、唐沢家の同年代の子達より出来がいい方だけど、ある程度勉強しないと追いつけない。教科書をざくっと読んで完璧に理解するなんて、器用な真似は出来ないから。

 そんな中、存在を知りもしないものに時間を割く余裕なんて、私にはない。あったとしても、もっと有意義に使いたいから。


「ああ、既に本家が候補を見つけているよ。次の連休の折に顔合わせだ。くれぐれも本家と天狗さまの顔を潰さぬようにな、千鶴」


 本家……お嬢様の警護の件をはじめとする数回、忍者稼業を持ち込まれるのは本家を通じてだ。

 そもそも私自身、今の仕事がに就く前は、本家の一角に住み込んでいた。


 山奥で旅館として商っている唐沢の本家。忍の仕事がないとき、父はそこで賄いその他の仕事をしている。料理の腕が素晴しいと聞くけれど、私は彼一人で作ったものを口にした記憶はない。


 そして、本家の旅館は、外野に対して、忍の末裔だとうさんくさいほどに喧伝している。

 あまりのうさんくささに、大多数には本物だと思われていない。意外と目晦ましの効果があるみたい。

 逆に、藁をも縋る思いで近付く権力者から、依頼と金をゲットしているという。


 本家の旅館は桜や紅葉の名所が近く、スキーや避暑にもうってつけ。巷の権力者が偶にふらりと訪れても、然程怪しまれない。人里はなれたところに建っているけど違和感もなく、地下に、唐沢の者用に修行施設を設けてもいる。


 少し田舎めいた場所にある、内装が豪奢な旅館。案外理にかなっている稼業なんだ。旅館単独だと少し赤字になる。けれど、唐沢家が津々浦々に散り、遂行している忍者稼業も含めたら、結構なものだ。


 学校、というよりお嬢様の警護を休むわけにはいかないから、近々の連休期間に顔合わせ。本家による決定事項という。

 万が一、私が何か予定を立てていたらどうするつもりだったのかな。


 契るということは……まあ、夫婦になるってことだよね。

 誰かと契ること自体はいいけれど、人並みに恋の一つや二つ、してみたかったな。

 クラスに気になる人。いないことはないけれど、お嬢様の方に全神経を捧げているから、それどころじゃなかった。


 でもこんなことになるのなら、やっぱり……でも、依頼完遂が絶対だから。

 唐沢の忍の看板を背負っている以上、つまらない失敗は許されない。仕方のないこと。


 でも、やっぱり日常生活の中で、誰かの挙動に一喜一憂してみたかった。




 三連休のある週末。私は父に伴われて、色々な交通機関を乗り継いで、数時間かけて懐かしの地を訪れた。

 帰郷していない間に、廃線になった路線もあって、すっかり行き方が分からなくなっていた。道中一人だったら、途方にくれたかもしれない。


 やはり本家のある里は、空気がおいしい。都会の喧騒やスモッグから隔離されてるから、野犬の声が聞こえるし、星もよく見える。日頃からこういう場所で研鑽を積みたいけれど、任務の都合で学校を変えられないからね。長期休暇にでも入らないと厳しい。


 ひっそりとした里に似つかわしい、いつの時代のものか定かではない古びた建造物。

 そんな外観の、中々大きな建造物が、本家の運営する旅館だ。


史慶(ふみよし)さん、おかえりなさい。……ってことは、千鶴君だね。久し振り」

「ご無沙汰しております、兄さん」


 本家の諸兄方の中でも、歳が近い兄さん。本名は忘れた。覚える価値もない上、ここで皆が任務を受けるから、親族縁者の出入りが多すぎる程なのだ。

 この兄さんは、たまに嘗め回すような不快な視線を向けてきたけれど、今日はその気配がない。心なしか、顔が引きつっているようにも見える。


 まあ、私には関係ない。天狗さまとの邂逅という、大事な任務が待っている。

 見合い仕様に着物を着付けられ、先達の姉さんの案内のもと、地下の奥座敷に通される。ここには、本家の長老がいる。私が直接お会いできたのは一度きり。今就いている任務を受けるとき以来だ。


「千鶴嬢が参りました」

「通してくれ」


 私の五倍近く歳を重ねている長老。その筈なのに、不思議とハリの良い声を出している。


「長老さま、ご無沙汰しております。千鶴です」

「遠路はるばる、よく来てくれた。仕事は順調かな」

「はい。おかげさまで」


 我らが長老さまは、(キク)様という女性だ。年齢は百に近いと聞いている。年なりに皺を刻んではいるものの、肌つやが美しく潤って血色も良い。その上、矍鑠かくしゃくとしている。二十くらいさばを読んでも、きっと疑われない。

 一体彼女の若さの秘訣は何なのか。美魔女になりたいとは思わないけど、長老さまみたいな健康的な長寿者には憧れる。


「もう少し経てば、天狗さまもお見えになるだろうから、それまでは茶でも飲んで寛いでいなさい」

「はい」


 気を抜いてだらしなくするわけにはいかない。けれども、少し心を落ち着ける時間があるというのはありがたい。


 お茶をいただきながら、私は長老さまのお話に、耳を傾ける。

 今回、私の婚約者として候補に挙がっている天狗さまについて、さらりと話してくださっているから。


 本来、天狗は人の社会に交わらず、数倍の長さの生を全うする。

 けれど、偶に人とあまり変わらない時間を過ごすものがある。彼らは突然変異の一つで、短命種と呼ばれている。

 短命種は人間社会で過ごすものが多く、私に婚約者として宛がわれた者もそうだという。


 文化のギャップに悩む心配は少なそうだ。安堵しているところで、ふすまが開いた。


「唐沢千鶴、か」

「や、山瀬(やませ)……?」


 切れ長の目をはじめとする、涼やかで整った顔立ち、色素の薄い髪、均整の取れた体躯、程よく高い身長。そして、もったいぶるかのような、ゆったりとした尊大な口調。

 どれも覚えがある。だって、つい昨日も見た顔なのだから。

 読んでくださりありがとうございます。

 次回の更新は、23日9時を予定しています。

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