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クルーゼとリンゴをかじりながら、のんびりと歩く。街の人の多くがアリスに声をかけてくれる。少し嬉しく思いながら、アリスも挨拶を返していく。
しばらく歩き続けると、この街で二番目に大きな建物が見えてきた。それがここのギルドだ。一階は食料品店になっており、二階が武器や防具などを取り扱う。三階がギルドだ。五階建てなので四階や五階にも何かあるはずなのだが、そこまではアリスも知らない。
一階はいくつもの棚が並び、様々な食料品が並んでいる。入口の右側に大きな階段があり、アリスはそこから上っていく。二階には武器と防具が並んでおり、アリスは足を止めた。
「私も短剣ぐらい持った方がいいのかな……?」
アリスにはクルーゼがいる。そのため武器のことなど考えてもいなかったが、さすがに何も持ち歩かないのは問題かもしれない。武器など持ったことはないが、短剣ぐらいなら持ち歩くべきだろうか。短剣なら料理にも使えるだろう。作った人が聞けば嘆くかもしれないが。
まあ今はいいか、と三階に上がる。
三階はちょっとした酒場のような造りだ。カウンターがあり、その奥側でギルドの職員が働いている。カウンターのこちら側は大小様々なテーブルが並び、情報交換ができる場となっている。今は誰もいないが、冒険者がここまで来ればここも賑わうことだろう。
部屋の隅にはギルド用の掲示板がある。依頼があればそこに貼り出されることになる。今もいくつかある。少し興味を持って見てみれば、探し物や魔物退治といったものだった。
ギルドはいわゆる何でも屋だ。手伝って欲しいことや困ったことなどがあればここに依頼することができる。依頼すれば、手の空いた誰かが引き受けてくれる、かもしれない。
「何か受ける?」
カウンターの方から声がする。見てみると、若い女が意地悪そうな笑顔でこちらを見ていた。
「いらっしゃい、アリスちゃん。お仕事でしょう?」
「はい。ごめんなさい」
まだ届け物をしていないのに余計なことをしていた、と少し反省すると、女は気にしなくていいと首を振った。
「約束の時間にはまだ時間があるもの。ついでに何か引き受けてみる?」
「やめておきます。迷惑しかかけそうにないですし」
「それは残念」
おどけたような女の口調に、アリスは苦笑だけしておいた。カウンターへと向かい、リュックを下ろす。そこから取り出すのは小さな小包だ。これが今回の届け物だった。
女はそれを受け取ると、待っててねと言ってから奥へと向かう。小包の中をさっと確認して、さらに奥に見える部屋へと入っていった。
そのまましばらく待つと、女が戻ってきた。だがアリスの方へは来ずに、カウンターの隅、小さな戸になっているところへと向かう。戸を開けると、女はアリスを手招きした。
「ギルドマスターが呼んでいるわ」
「え? ……ええ!?」
ギルドマスターはギルドの頂点、ギルドを運営している人だ。各街のギルドには支部長がいるが、さらにそれをまとめる上の人となる。アリスも一度しか会ったことがない。何故そんな人に呼ばれるのだろうか。何か、してしまっただろうか。
アリスの表情が曇っているのが分かったのだろう、女は笑い出しそうになるのを堪えながら、アリスへと言う。
「心配しなくても、たまたまここに来ていたから話をしておきたいだけみたいよ。怒られるわけじゃないから安心しなさい」
「あ、そうですか。良かったです……」
アリスが安堵のため息を漏らすと、女は、正直ねと微笑んだ。
女に促されて、奥の部屋に入る。そこは応接室のような造りになっていた。部屋の中央には柔らかそうなソファがあり、ソファの間の机にはすでに飲み物が二人分用意されていた。机の奥のソファに初老の男が座っている。短い黒髪に鋭い目つきをした男だ。この男がギルドマスターだ。ギルドマスターはアリスに気が付くと、柔和な笑顔を浮かべた。
「お疲れ。そこに座りなさい」
「はい……」
ギルドマスターに促されて、アリスは彼の目の前に座った。怒られるわけではないらしいが、とても緊張してしまう。
「一度だけ会ったことはあるが、改めて自己紹介しておこうか。ギルドマスターのクロダという。よろしく」
「はい……。私はアリスです。こちらがくーちゃんです」
隣に置いたリュックの上からクルーゼを抱き上げる。クロダはクルーゼを見ると、少し目を丸くしたようだった。だがすぐに笑顔に戻った。
「そうか、くーちゃんか」
クロダはしばらくクルーゼのことを見つめていたが、やがて小さく肩をすくめるとアリスへと視線を戻した。
「さて、アリス」
名前を呼ばれて、アリスは姿勢を正した。クロダの言葉をじっと待つ。
「ここに来るまでに何をしてきたのか、聞いておこうか」
クロダの言葉は、アリスが想像していたものとは全く違うものだった。
「えっと……。どういったことを話せばいいですか?」
「例えば、そうだな。どういったものを見てきたか、とか。ああ、そうだ。冒険者と会ったりしたのなら、そのことも教えてほしい」
「はい……。分かりました」
あまり自分は話し上手だとは思わないが、求められたのなら話さなければならないだろう。ここに来るまでに会った冒険者についても、特におかしな人はいなかった。誰かに迷惑がかかるということもないはずだ。
そう判断して、アリスは出会った冒険者について話し始めた。
壁|w・)ちょっと忙しかったのでいつもよりちょびっと短いです……。