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にっこりと笑ってそう言うと、セフィはしばらく放心していたが、すぐにこちらも笑顔、というよりも泣き笑いのような表情になった。しかしすぐに、む、と眉をひそめる。どうしたのかと戸惑うアリスに、セフィは言った。
「そういう便利なものがあるなら最初から言ってよ。私のこのセンチメンタルな感傷はどうすればいいの?」
「その辺の犬にでも食わせればいい」
「ロゼ? 私だって傷つく時があるんだよ?」
険の含んだ声のセフィと、そっと目を逸らすロゼ。その二人の様子を微笑ましく見守りながら、アリスはさて、とクルーゼへと言った。
「くーちゃん、行きましょう」
アリスがそう言うと、クルーゼはしっかりと頷いた。そしてアリスから少し離れていく。アリスはそれを追わず、少し待つ。
「アリス、くーちゃんが行っちゃうよ?」
セフィの戸惑いの声。しかしそれはすぐに驚愕に彩られることになる。
アリスたちから十分に離れたクルーゼは、体を大きく震わせた。そして。
巨大化した。
「は?」
「へ?」
セフィとロゼが間の抜けた声を漏らした。その気持ちはよく分かる。アリスも初めて見た時は呆然としてしまったものだ。
現在のクルーゼの大きさは、大きめの馬車と同程度だろうか。アリスが乗るのには丁度良い大きさだ。つまり特別な方法とは、クルーゼに乗せてもらうことだ。
クルーゼはこちらへと戻ってくると、アリスの体に顔をすり寄せてきた。クルーゼの喉の辺りを撫でてやると、とても気持ちよさそうに目を細める。かわいいとは言い難くなり、どちらかといえば格好良い姿なのだが、反応はやはりくーちゃんだ。とてもかわいい。
「くーちゃん。お願いできる?」
アリスが問いかけると、クルーゼはしっかりと頷いた。アリスが乗りやすいように身をかがめてくれる。アリスはリュックを背負いなおすと、クルーゼにまたがった。それを待ってから、クルーゼが大きく翼を広げた。
「あ、アリス!」
セフィの慌てたような声。アリスがそちらへと視線を投げると、セフィは言葉を探すように視線を彷徨わせた後、
「またね!」
そう、笑顔で手を振ってきた。隣ではロゼも無表情ながらも小さく手を振ってくれている。
「はい! またいつでも連絡くださいね!」
アリスがそう叫んだ直後、クルーゼの体が浮き、そして飛び始めた。
・・・・・
赤いドラゴンの姿が見えなくなるまで見送ってから、セフィはようやく言葉を漏らした。
「さすがに本気でびっくりした」
「…………」
ロゼは無表情ながらも、同意するように頷く。ただ、びっくりはしたが、とても感動してしまった。ファンタジーの代名詞、ドラゴンだ。あれは素直に格好良いと思う。まさか、くーちゃんがあの姿に変化するとは思わなかったが。
「お姉ちゃん。レベルは見た?」
未だ混乱でもしているのか、いつものロールプレイをしていない。ただセフィもそれを指摘する気にはなれずに、ロゼの質問に首を振った。
「くーちゃんのレベルだよね? 見ていないけど」
「あの姿になった時だけど、百になってた」
「え……」
現在、セフィのレベルが八で、ロゼが七だ。これは高くもなければ低くもないといったところだろう。森の魔物のレベルも五前後だ。
アリスはくーちゃんがいれば安心だと言っていた。当たり前だ、現状では文字通りレベルの桁が違うのだから。周辺の魔物もくーちゃんを避けるわけだ。
「いやあ……。別れ際に度肝を抜かれたね……」
「その指輪は? 名称とか効果とか、あったりするんじゃない?」
「確かに! 見てみよう」
アリスからもらった指輪を手に取り、指で叩く。するとセフィの目の前に、文字が書かれた枠が現れた。ちなみにこれはロゼには見えていない。
「えっと、名称はアリスの指輪。そのまんまだね。防具としての性能やステータス増加もなし」
「普通、というよりただの装飾品だね。説明文は?」
「んー……。アリスから友情の証として贈られる指輪。この指輪を身につけていれば、ギルドでアリスと連絡を取ることができる。また、各種施設において様々な恩恵を受けることができる。各商店で全ての品物を半額で買うことができ……。はあ!?」
最後の一文でセフィは素っ頓狂な声を上げた。アリスから説明があったのはギルドで連絡を取れることだけだ。恩恵や値引きなど聞いていない。しかも半額。正気か運営。
「ま、まあ……。しばらく後なら、お店で買うよりプレイヤーの店で買う方が多くなるだろうから、そこまでいけば意味はないかもしれないけど……」
ロゼはそう言うが、しかしそれはまだまだ先の話だ。
「いや、それでもすごいでしょ。特に今なら。これ、プレイヤーに転売できちゃうし」
「するの?」
「しないよ!」
そんなことをすれば、これをくれたアリスを裏切ることになる。そんなことは絶対にしたくない。これは言いふらさずに大事に使うべきものだろう。
「あー……。何かアリスにお礼を考えないと……」
「がんばれお姉ちゃん」
「他人事だと思って……。でもがんばる……」
何ならいいかな、と呟きながら、セフィは森の方へと歩いて行く。ロゼはそんな姉の後ろ姿をどこか微笑ましく見守りながら、その後を追った。
・・・・・
北の街は森に囲まれた街で、大きな湖の上にある。道よりも川の方が多く、多くの船が行き交っていた。さすがにここまではまだ冒険者も来ていないらしく、以前訪れた時と様子は変わっていなかった。
「おや、アリスちゃん。いらっしゃい」
その街の道をのんびりと歩いていると、果物の商店から声がかかった。商店のおばさんがアリスに手を振っている。
「こんにちは」
「はいこんにちは。そう言えば昨日が仕事始めだったね。ということは、ギルドかい?」
「そうです。ここにはまだ冒険者の方は来ていないみたいですね」
「まあさすがにね。まともに歩くと一週間以上かかる道のりだしね。おっと、引き留めてごめんよ。これ、持っていきな」
おばさんがリンゴを二つ放ってくる。アリスはそれを受け取り、礼を言ってその店を後にした。




