6
「はい、どうぞ」
「ありがとうございます」
スープの注がれたお椀を受け取り、早速口をつける。少し塩味が効き過ぎている気もするが、十分に美味しいと思える。美味しいですとアリスが伝えれば、セフィは嬉しそうに微笑んだ。
「まあ、悪くはない」
ロゼの短い言葉。そう言いながら、お代わりと言いたげにお椀を突き出す。む、とセフィが唸る。
「文句があるなら……」
「このお肉の魔物を仕留めたのは誰だっけ」
「どうぞたくさんお召し上がりくださいお嬢様」
セフィがすぐさまお代わりをロゼに差し出し、よろしいとばかりにロゼが頷く。その様子がおかしくて、アリスは小さく噴き出した。
「二人とも、仲が良いんですね」
「まあこれでも腐れ縁だしね」
「腐りにくさって目も当てられない縁だけど」
「ちょ……」
ショックを受けたようなセフィと、目を逸らすロゼ。遠慮の無い言葉が、二人の信頼の証だと思える。アリスにはそんな友人はいないので羨ましい。そんなことをつぶやくと、セフィが途端に仏頂面になった。
「私はもうアリスのことは友達だと思ってたんだけど」
「え?」
「違うの?」
仲良くなれればいい、とは思っていた。ただそれはアリスの一方的な感情だ。何も言わず、旅立つ時に笑顔で見送ろうと思っていた。それなのに、まさかセフィからそんなことを言われるとは思っていなかった。
「いいんですか?」
「なにが? 私はアリスと友達になりたいと思ったけど、アリスは違った?」
それはそれで寂しいな、とセフィが悲しげに目を伏せる。それを見て、アリスは慌てたように言った。
「私もセフィさんと友達になりたいです!」
「はいじゃあ決まり! 私とアリスは友達!」
「え?」
「ロゼ、聞いたよね? この子、私と友達になりたいって言ってくれたよね?」
「聞いた。間違い無く」
「あれ?」
「くーちゃんもばっちり?」
クルーゼがしっかりと頷く。まさかの裏切りだ。いや、別に裏切りとは言えないが、ただ何となく、自分だけが置いて行かれているような気がするのは何故だろう。
「じゃあ友達になったことで!」
セフィが勢いよく立ち上がる。唖然としているアリスへとセフィは近づくと、うりゃ、と妙な掛け声と共に抱きついてきた。
「せ、セフィさん?」
「うんうん。やっぱりアリスはかわいい! 役得役得」
何故だろう。とても子供扱いされているような気がする。ただ、決して嫌というわけでもない。この年になって撫でられるという機会はめっきり少なくなったので、何となく嬉しく思ってしまう。ただ、それを表情に出してしまうのは負けのような気がした。
「セフィさん……。やめてください……」
「呼び捨てで。友達だからね。ちゃんと呼び捨てにしてくれたら、やめてあげる」
「うぐ……」
「あと敬語もいらない。友達だからね」
「うう……」
「それをふまえて、はいどうぞ」
とても遊ばれている気がする。気恥ずかしくて頬が真っ赤になっているのが自分でも分かる。だがセフィはどうやら自分が言われた通りにしないことにはやめてくれそうにない。仕方なく、アリスは少し迷いながらも、口を開いた。
「セフィ……、その、やめてくだ……じゃなくて、やめて……」
「お、おおう……。破壊力すごい……。鼻血出そう」
「変態」
「ちょ……」
ロゼの短い呟きに、セフィが頬を引きつらせた。冗談なのに、と頬を膨らませながら、アリスから離れる。ようやく人心地ついて、アリスはため息をついた。
「あ、ごめん……。嫌だった?」
「いえ……。急にだったので、びっくりしただけです。ちょっと恥ずかしかったですけど」
「むう、また敬語だ……」
セフィがじっとアリスを見てくる。だがこれがアリスの素だ。これでもかなり崩していると思っているのだが。
「すみません、私は元々こういう話し方なんです」
「あー……。そっか。だったら無理強いはできないね。ごめんね」
「いえ。ありがとうございます」
セフィとの距離がとても近くなった。素直にそう思える。孤児院の中でもなかった、今までに無い距離感だ。アリスにとっては、それがとても心地良い。
「それじゃあ改めて。よろろしくね、アリス」
セフィが笑顔で手を差し出してくる。その手を見つめて、アリスも微笑み、セフィの手を握った。
「よろしくお願いしますね、セフィさん」
友達になっても、別れは当然やってくる。朝食を終えて片付けを終えたアリスは、荷物の入ったリュックを背負った。セフィとロゼもすでに準備を終えている。ロゼは無表情だが、セフィはどこか悲しげに眉を下げていた。
セフィは冒険者であり、アリスは世界を転々とする立場だ。次にいつ会えるかは分からない。これが今生の別れとなっても不思議ではない。セフィの表情もそのためだろう。
そう簡単には会えない。ただし、普通ならば、だが。
「セフィさん。これを受け取ってください」
そう言いながらアリスが差し出すのは、鈍色の指輪だ。装飾も何もない、シンプルなもの。セフィは首を傾げながらも、それを受け取ってくれた。
「その指輪には、私の魔力が込められています」
それを聞いたセフィが大きく目を見開いた。アリスが慌てて言う。
「魔力といっても、大したものじゃないですよ。少しずつ込めていったもので、総量もそれほど多くありません」
「それでも十分だよ……。ありがと、大事にするね」
セフィがそっと握りしめる。話が終わってしまいそうな流れだ。アリスはすぐに続ける。
「それでですね、その指輪ですけど」
「ん?」
「その指輪をギルドに見せていただければ、私に連絡を取ってくれます。手紙なら私がこれから向かう街のギルドに送ってくれるはずです」
「え? じゃあ……」
「はい。お互いに近くにいる時があれば、また一緒にご飯を食べましょう」