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セフィが話を促してくる。セフィもロゼも、二人揃って期待に瞳を輝かせていた。アリスはこの仕事を始める前は本当にこれといった特徴のない生活をしていたので、どうにも話をするというのは難しいものがある。
少し考えながらも、アリスは自分の身の上を語ることにした。といっても、やはり大したことはない。孤児院で育ったこと、孤児院での生活の様子、一年前に神様から仕事を与えられ、そして今日、正式にその仕事が始まったこと。その程度だ。
しかし二人はそれだけだというのに、とても真剣な表情で聞いてくれていた。
「あの、面白くなかったでしょう?」
話し終えたアリスがおずおずとそう言うと、セフィは真顔で首を振った。
「とても興味深いよ? ここの人たちがどんな生活をしているのか、何となくだけど分かった」
セフィがそう言うと、ロゼが同意するように頷いた。それなら良かったです、とアリスは小さく安堵の吐息を漏らす。
「気にしすぎだよ。じゃあ、アリスさんのことを教えてもらったし、次は私たちだよね。まあ、私たちにとってはやっぱりこっちも当たり障りのない話なんだけど……」
セフィとロゼの二人は高校生と呼ばれる人らしい。高等学校という場所に通う人がそう呼ばれるとのことだ。高等学校は勉強をするところで大勢の人が通っていると聞いたが、アリスには想像できない。アリスが住んでいた街には、学校というものが存在していなかったためだ。不定期で勉強を教えてくれることはあったが、週に一度あるかないか、という頻度だった。
「私もロゼもそれなりに優等生だったりして……。そろそろ寝る?」
アリスの様子に気づいたセフィが苦笑しつつそう言ってくる。アリスは睡魔に襲われて、船をこいでいた。今にも寝てしまいそうになる。
「うう……。すみません、そろそろ……」
「うん。いいよ。おやすみ、アリス」
あ、呼び捨てだ、と少しだけ嬉しく思いながら、アリスはそのまま意識を手放して眠りに落ちた。
・・・・・
アリスが眠り始めてからしばらくして。
「お姉ちゃん。起きてる?」
ロゼの声にセフィは目を開けた。アリスをちらりと見て、よく眠っていることを確認。そうしてからロゼへと視線を向けた。
「起きてるよ。あれ? ちょっとだけ無口な子、ていうロールプレイはもういいの?」
「うるさい。それで、どうするつもり?」
「どうするって何が?」
「何がって……。この子のことだよ。いつまで一緒にいるの?」
「いや、さすがに明日の朝には別れるよ。友達になれたらいいな、とは思うけど、一緒にずっといられるわけではないしね」
今は夏休みということもあり多少の無理はできるが、それでも四六時中ここにいるわけにはいかない。あくまで、自分たちの本分は学生なのだから。
「友達って……。AIだよ? 本気で言ってるの?」
「うん。アリスはいい子だよ。それはロゼも分かるでしょ?」
「それは、まあ……」
ロゼは同意しつつも言葉を濁した。ロゼの言いたいこともよく分かる。アリスはAIであり、実際に生きているわけではない。今の状況すらも運営が作りだしたものなのかもしれない。
それでも、アリスと接したセフィは、この子と友達になりたいと思っていた。
「ロゼは反対?」
そう聞いてみると、ロゼはしばらく黙った後、やがて小さくため息をついた。
「お姉ちゃんの好きにしたらいいよ」
「うん。ありがと、ロゼ」
「はいはい」
一応の理解は得られたとしておいてもいいだろう。安心して小さくため息をついてしまった。
・・・・・
翌日。アリスは日の出と共に起床した。体を起こし、しばらくぼんやりとした後、大きな欠伸をする。両隣を見て、首を傾げた。セフィとロゼがいない。もう出立してしまったのだろうか。そうだとすると、少し寂しいものがある。もしかすると、仲良くなれるかも、なんてことを思っていたのだが。
少しだけ気落ちしながらテントから抜け出すと、予想外の光景が広がっていた。
少し離れた場所にたき火があり、セフィとロゼがそれを挟んで座っていた。鍋で何かを煮込んでいる。クルーゼも側におり、身振り手振りで何か指示を出しているようだ。
「次はこれ……、違うの? じゃあこれ? これだね。これを? 少し? あ、もっと? これでいい? うん。次は?」
セフィの声が小さくとだが、しかしはっきりと聞こえてくる。どうやらクルーゼから料理を教わっているらしい。むしろクルーゼが教えられることに少し驚いてしまう。もしかすると、アリスの料理をずっと横で見ていたので、それで覚えたのかもしれない。
アリスがそちらへと歩いていくと、セフィが真っ先に気が付いた。
「アリス。おはよう」
にっこりと、満面の笑顔で挨拶をしてくれる。それがとても嬉しくて、アリスも自然と笑顔になっていた。
「おはようございます、セフィさん。早いですね」
「いやあ、早いというよりも、あまり寝られなかっただけというか……」
「暇を持て余して、途中で狩りに行くぐらいには」
「え……。大丈夫でした?」
ロゼの言葉にアリスは心配してしまう。昼と夜とでは出てくる魔物は違うし、夜の方が凶暴だ。
「大丈夫。大丈夫じゃなかったら、こうしてのんびりしてないよ」
「あ……。それもそうですね」
「うん。今はその狩りで手に入ったお肉でスープを作ってる。あ、お鍋と調味料をかりたよ。くーちゃんが取ってきてくれたんだけど、事後承諾になっちゃってごめん」
「いえいえ。気にしないでください」
調味料は街にさえ行けば比較的安価に手に入るものだ。むしろこうして作ってくれたことの方がアリスとしてはとても嬉しい。セフィは、なら良かったと安堵したように吐息を漏らし、それじゃあ、とこちらへと手招きした。
「アリスほどうまく作れたとは思えないけど、食べよう。不味かった時はくーちゃんに文句を言うように!」
「!?」
クルーゼが愕然としたように大きく目を見開く。そんなクルーゼへと、セフィは振り返って笑顔で言った。
「教えてくれたのはくーちゃんだし、ね?」
「…………」
クルーゼは渋々といった様子で頷いた。いつの間にか仲良くなっているようで、少し驚いてしまう。アリスはセフィに促されて、彼女の隣に座った。