9
だが、これは手がかりでもある。電話を切ると、響子は菜月の携帯電話を手に取った。メールを確認してみる。
「うわ……」
嫌な名前が目に入った。
浜中。菜月をいじめていた生徒の一人。むしろその女子グループのリーダー格。こんな奴の番号とか消してしまっておけよ、と正直思う。メールのやり取りは今日の午前中のようだった。
その中身を確認していく。確認を進めるほど、響子の顔色は青くなっていく。菜月の意図が全く分からない。なんだこれは、と思ってしまう。
簡単にまとめると、話をしたいと菜月が浜中を呼び出していた。菜月が、だ。あの菜月が浜中を呼び出している。二人で話がしたい、と。浜中の返信には、電話で詳しく聞いてやる、というものだった。
今、ここに菜月がいないということは、浜中に会いに行っているのだろう。電話で会う場所を決めたのなら、響子に知る術はない。浜中のグループの誰かの連絡先を知っていればどうにかなったのかもしれないが、残念ながら誰一人として連絡先を知らない。こんなことなら、何人か脅してでも知っておくべきだった。
だがかといって諦められるかと聞かれれば、否だ。楽観視などもしない。大切な妹だ。取れる手段は、取る。まずはそう、誰かに相談するべきか。
響子はそこまで考えて、クラスメイトの一人の姿を思い出し、自室に戻った。
「緊急だとは聞いていたけど、予想以上の問題ね」
ワンダーランドの始まりの街、ギルドの横の喫茶店で、セフィとローズは向かい合って座っていた。ローズは顔が広く、浜中のグループの何人かとも連絡を取れるはずだ。きっと誰かから情報を手に入れてくれるだろう。
ローズは自身の目の前で手指を動かし始める。フレンドリストでも開いているのだろう。待つこと数秒、ローズが首を傾げた。
「セフィ。ロゼはインしているけど?」
「へ?」
そんなばかな、と思いつつも、セフィもフレンドリストを開く。リストの名前は少ないので、すぐにロゼの名前を見つけることができた。先ほどまでログアウトの表示だったロゼの名前は、ログインを示す表示になっている。
「ほんとだ……」
「メッセージでも送ってみれば?」
ローズの声に従い、メッセージ用のウィンドウを開く。このゲームにチャットはないが、メッセージはいつでも送ることができるようになっている。ただし、相手がダンジョンの中にいる場合など、すぐに確認できないことも多い。
すぐに返事が欲しいと書いて送信したが、しばらく待っても返信はなかった。
「そんな泣きそうな顔しないでよ……。一応こっちでも知っていそうな子にメッセージを送ってみたけど、返信はないわね」
「そう……」
ロゼがログインしているということは、とりあえず無事だということだ。それを分かっいても、安心することなどできない。
「せめてゲーム内のことが分かる人がいればいいんだけど……」
ローズがつぶやいた言葉に、セフィは勢いよく顔を上げた。何故気づかなかったのか、と自分が情けなくなる。セフィはすぐにメッセージを送る。送信先は、クロダ。すぐに会うことはできますか、と。
怪訝そうにしているローズの前でセフィは緊張しつつも返事を待つ。するとこちらはすぐに返信届いた。北の街のギルドにいる、とのことだった。アリスも一緒にいるが、それでいいなら、とのことだ。
「ごめんちょっと行ってくる!」
「え? セフィ!?」
驚くローズを無視して、セフィはワープポータルへと走った。
北の街のギルドの最上階。受付には話が通っているらしく、セフィが顔を見せるとすぐにカウンターの奥へと案内してもらえた。ノックをして、どうぞ、という声を待ってから扉を開ける。クロダと、そして笑顔のアリスが視界に入った。
「こんにちは、セフィさん」
「うん。でもさっき別れたところだけどね」
「そうですね。でも私は会えて嬉しいですよ?」
「あはは。アリスはいい子だなあ……」
アリスと話をしていると心が落ち着いてくる。が、落ち着いている場合ではない。セフィはまた後で、とアリスに手を振ると、クロダへと向き直った。
「クロダさん。ちょっとお願いしたいことがありまして」
「ふむ……。内容によるが、とりあえず聞こうか」
「ロゼが今いる場所と、その行き方を教えてください」
「悪いがそれは答えられない……」
「お願いします」
深く頭を下げる。クロダは意外そうに目を瞬かせ、首を傾げた。
「理由を聞いてもいいだろうか?」
「えっと……」
セフィはアリスへと目をやる。これから話すことは現実世界のことも含まれる。アリスがいてはまずいだろうと思うのだが、クロダは苦笑して気にしなくていい、と言った。
「アリス。少し大事な話をする。聞かないように」
「分かりました。私は何も聞きません」
抑揚のない、無機質な声だった。アリスのそんな声は聞いたことがない。アリスと接する時は人と同じように接していたため、突然こんな声を聞くと、何とも言えない妙な気分になってしまう。少しだけ、悲しい。
「さて、聞かせてもらおうか」
クロダの声に我に返り、セフィはロゼのことを話した。学校でいじめを受けていたこと、自分がそれを助けていたこと、何故か今日、急にそのいじめのグループのリーダー格と連絡を取り合っていたこと。そして、どこに行ったのか分からないまま、何故かここにログインしていることを。
「ふむ……」
全てを聞き終えたクロダは、考えるように腕を組んだ。
「メッセージは送ったのか?」
「返事がないです」
「そうか……。すまないが、答えられないな」
どうして、と身を乗り出そうとするセフィに先んじて、クロダが続ける。
「ログインしておらず消息がつかめないのなら、こちらも、まあ他に手続きはいるが、協力できる。だが実際にログインしている以上は個人の問題だ。ログインして、かつ密かに運営に連絡をする、といったこともしていない以上、安全にログインできる環境であることはほぼ間違い無いだろう。そうであるなら、本人の許可もなく、個人情報を教えるわけにはいかない」
ぐ、とセフィは言葉に詰まり、いすに座り直した。クロダの言葉は理解できる。むしろ企業としては正しい対応だろう。それでも、セフィには諦めることができない。たった一人の、妹なのだから。
「きゅう」
不意に、可愛らしい鳴き声が聞こえた。顔を上げると、目の前のテーブルにくーちゃんが乗っており、可愛らしく小首を傾げていた。鳴き声なんて初めて聞いたな、とそんなことを考えていると、くーちゃんはふわりと浮かび上がると、静かに立っていたアリスの頭の上に乗った。
「くーちゃん?」
アリスが首を傾げ、そして、硬直した。しばらく首を傾げたまま動きを止めて、そしてすぐにセフィへと視線を向けてきた。
「セフィさん」
「あ、うん。なに?」
「ロゼさんの電話番号を教えてください」
「ん? いいよ」
アリスにならいいだろう、と判断して電話番号を伝える。伝え終えてから、クロダの表情が見えた。驚愕に目を見開き、絶句しているクロダの顔。それを見て、セフィもようやく気づいた。
何故、アリスが電話番号など聞いてくる? どうしてその存在を知っている?
「春野菜月さんで間違いないですか?」
壁|w・)今後は月曜日に投稿します。(できるとは言ってない)
あと5話ぐらい……で終わる、か、な……?




