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魔王は愉悦の混じった笑みを浮かべ、気にするなと手を振った。
「これ以上はお前たちが知る必要のないものだ。必要になれば、クロダから聞くだろう」
「分かりました……。今は心に留めておくだけにします」
「そうしておけ。さて、他には何かないか?」
そう問われても、聞きたいことがそう多くあるわけでもない。セフィにとって、アリスは友人ではあるが、だからこそ根掘り葉掘り聞きたいとも思っていない。友人、その事実だけで十分だ。そう言うと、魔王は優しげに目を細めた。
「アリスの人を見る目は確かだな……。ではこちらから聞こう。クルーゼは、どんな様子だ?」
くーちゃんの名前が出てきたことに少し驚き、首を傾げる。
「どう、と聞かれましても……。アリスと仲良くしていますよ」
「ふむ。そうか」
「でもあれはどうかと思います。レベルが変動するやつ。本当に驚きました」
「ああ。そうだな。俺たちもそう思う」
まるで他人事のようなその言い方に違和感を覚えてしまう。まるで、自分たちが関与していないかのような言い方だ。そんなセフィの考えは、魔王によって肯定された。
「クルーゼに関しては、俺も、そしてクロダもそれほど詳しく分かっていない」
「え? でも、アリスの護衛役、ですよね?」
「そうだな。俺たちの記憶にもそうある。上書きされた記憶には、な」
意味が分からない。記憶が上書きされた、というのも突拍子もない話だが、この世界で生きている魔王たちにはあり得ることなのかもしれない。だが、どう上書きされたのか。
「アリスには本来護衛役などいなかった。常に徒歩でゆっくりと街を巡る、そんな役割だった。神、つまりは運営からのお告げもそういったもののはずだった」
だが、と続ける。
「上書きされた記憶では、クルーゼというドラゴンがアリスの護衛役につくということになっていた。俺たちの記憶も上書きされていたからな。クロダから、あのドラゴンは何かと聞かれるまで、誰も気づかなかった」
怖い話だ、と魔王は笑うが、本当に恐怖しかない。記憶が勝手に改ざんされ、本人たちはそれに気づけない。そんなことが許されて良いのか、と思ってしまうが、魔王は特にそれについて気にした様子はなかった。
それ以上の問題が残ったためだ。
「結局、クルーゼが何なのかは俺たちにも分かっていない。今はアリスの動向を見守ることしかできない。それが現状だ」
「でもクロダさんなら分かるはずですよね? あの人、この世界を作っているんですから」
「そのはずだったのだが、クロダですら分からないプロテクトがかかっているそうだ。引き続き調べてはいるそうだが、この件について報告が何もないことを考えると、何らかの事情で話せないことなのかもしれん。まあ、俺としてはどうでもいい話だ」
そう言って、魔王は肩をすくめた。どうやら魔王自身は、興味を持ってはいるがそれほど問題視していなようだ。もしかすると、それも上書きされた記憶によるものなのかもしれないが、セフィには分からないことだ。
「興味があるなら、クロダに直接聞いてみるといい。お前になら、あいつも話すかもしれないからな」
「そうですね。そうしてみます」
ただ、セフィもやはりそれほど問題だとは思えなかった。セフィが見ている限り、くーちゃんは常にアリスと共にいて、守っている。アリスとの仲は良好のように見える。きっと大丈夫だろう。そう、信じたい。
「さて、そろそろ帰らなければアリスが心配するだろう。あいつのことだから、お前が戻ってくるまで起きて待っているだろうからな」
「あー……。そうでしょうね」
不安そうに待っているアリスの姿が容易に想像できる。セフィは顔を綻ばせると、すぐに立ち上がった。
「謁見の間を出たところに兵士を控えさせている。案内役だ」
「分かりました。ありがとうございました」
セフィが深く頭を下げる。魔王は一瞬唖然とした後、快活に笑った。
「こちらこそ礼を言おう。有意義な時間だった。気をつけて帰るといい」
「はい。失礼します」
もう一度頭を下げて、セフィはその部屋を後にした。
兵士に案内された宿は、五階建ての見るからに高級そうな宿だった。事実、この王都で最も格式の高い宿らしい。そんな金はないと言うと、客人から金を取るわけがないでしょうと怒られてしまった。
もう夜遅い時間だというのに、セフィが宿に入ると、大勢の店員が並び、頭を下げてきた。いらっしゃいませ、という元気な声ももちろんある。正直、怖い。
「アリス様がお部屋でお待ちです。ささ、どうぞこちらへ」
初老の男の先導を受けて、店内へ。カーペットも一目で分かる高級品。本当に土足で上がって良かったのか。そう考える自分は貧乏性だろうか。
そうして案内されたのは、五階。階段を上がると横に長い廊下があるのだが、扉は一つしかない。まさか、と思っていると、五階はこの部屋のみの構造だそうだ。
「…………。お高いんでしょう?」
「まあ、それなりに、とだけお答えしておきましょう。セフィ様に請求などしませんので、その点はご安心ください」
請求されたとしても支払うことなどできるはずもない。何かの手違いで請求されたら全力で逃げよう、と妙な決意をしつつ、セフィは部屋の扉を開ける。
テレビの番組で見るような、いわゆるスイートルームのような部屋だった。大きなテーブルや柔らかそうなソファがある。扉の反対側の壁はガラスのようなものになっており、向こう側を見ることができた。そこから見えるテラスには色とりどりの花が咲いている。テラスの中央にもテーブルといすがあり、そこで休むこともできそうだ。
両側の壁には扉があり、セフィから見て右側が寝室だそうだ。左側は風呂やトイレとのことだった。きっといいお風呂なのだろう。是非とも入りたい。
ともかく今はアリスだ。入ってすぐの部屋をざっと見てみたところ、アリスの姿はなかった。テラスにもいないようなので、寝室に向かってみる。
寝室にはダブルサイズのベッドが三つも並んでいた。一人で使うには大きすぎると思う。ただ、見ただけでふかふかなのが分かる。きっと寝心地はいいだろう。今すぐにベッドにダイブしたい衝動に駆られたが、とりあえず我慢だ。そんなに子供じゃない。多分。
三つ並ぶベッドのうち、一番奥のベッドのど真ん中でくーちゃんが丸くなっていた。整った寝息を立てており、見ているだけで癒やされる。
「あ、セフィさん。お帰りなさい」
そのベッドにアリスが座っており、くーちゃんを優しく撫でていた。ただいま、と短く返事をして、セフィもそちらへと向かう。アリスの隣に腰掛けると、こちらを心配そうに見つめてきた。




