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「はい。魔物と魔族は別ですよ」
「おー……」
人間とは違う別の種族。とても興味がある。セフィとロゼの様子からそれを察したのだろう、アリスが微笑みながら言った。
「よければ、魔族の街に行きますか?」
「へ?」
「私が次に行くのは魔族側の王都です。魔王様に会う予定がありまして」
「魔王……。一応聞くけど、戦ったり?」
「しませんよ。とても優しい人ですし」
優しい魔王というものがあまりイメージできないが、それでもやはり興味はある。どんな人なのだろうか。行きたい。行きたいが、しかし……。
「セフィ」
隣のロゼに呼ばれて、セフィは思考を止めてロゼを見る。ロゼは無表情でスープをすすりながら、
「私に遠慮する必要はない。行ってきて構わない。土産話だけ期待しとく」
「でも……。そうだ、ロゼも一緒に……」
「興味はあるけど、遠慮する」
ごちそうさま、とロゼは皿をその場に置いた。お粗末様でしたというアリスに小さく頭を下げて、ロゼは立ち上がると踵を返した。戸惑うセフィに、
「私に遠慮しすぎだから。本当に、気にしなくていいよ」
「……っ」
息を呑むセフィを置いて、ロゼは軽く手を振って歩き去ってしまった。
セフィは別にロゼに遠慮していたつもりはない。だが、ずっとロゼと行動を共にしているのもまた事実だ。もしかしたら、無意識にロゼを気にしていたのかもしれない。ロゼにとっては、それは煩わしいことだっただろうか。
考えても分かることではなく、セフィは小さくため息をついた。
「じゃあ、アリス。お願いしていい?」
「はい。分かりました」
アリスの屈託のない笑顔に、セフィも自然と頬を緩めていた
くーちゃんの背に乗り、東へと向かう。途中、巨大な崖があった。南北に延びるそれは、果てが見えないほどに長い。対岸も近くはなく、何も知らなければここがこの世界の果てだと言われても信じてしまいそうだ。
崖を越えて、隣の大陸の大地が見え始めてくる。魔界と呼ばれているほどなので真っ暗な大陸をイメージしていたのだが、今までと大差のない様子だった。
「ここが魔界?」
「はい。イメージと違いますか?」
「うん……。全然違う。もっとこう、魔物がたくさんのラストダンジョンみたいなイメージだったんだけど」
「あはは。私もそう思っていました」
そうだよね、とセフィは頷いた。セフィの頭の中はこの魔界のことで頭がいっぱいだった。それ故に、気づかなかった。
ラストダンジョン、というNPCが分かるはずのない言葉に理解を示されたことに、気づいていなかった。
魔界と呼ばれる地域に入ってからも、しばらく飛び続ける。すでに周囲は真っ暗で、星や月しか光源がない。それでもくーちゃんは迷う素振りも見せず、飛び続けている。
「ところで今更だけどさ。私まで行ってよかったの? またギルドマスターに怒られるかも……」
「ああ、それは大丈夫です。ギルドマスターには、セフィさんとロゼさんの二人だけなら、どこに行っても構わないと言われていますから」
いつの間にそんなことを言ったんだあのおっさん。口から出そうになったその言葉を呑み込みながら、セフィは乾いた笑顔を浮かべた。おそらく、今更制限しても意味はない、ということだろう。セフィもロゼも、ワープポータルでおそらく全ての地域に行けるようになっている。行こうと思えば、自分で行けるということだ。後から何を言われるか分からないので、使うことはしないが。
「見えてきました」
アリスのその声に目をこらすと、ぽつぽつと何かしらの光が見えてきた。ある一点の場所に、まとまった量の光がある。住居か何かの明かりだろうか。
セフィがどうにか何の光か見極めようとしていると、ゆっくりと高度が下がり始めた。どうやらもう下りる場所らしい。ここからは徒歩か。
「もう夜で誰も見ていないでしょうから、しばらく乗り続けますね」
「へ?」
意味が分からず、首を傾げる。そうしている間に、くーちゃんは地面に降り立ち、そして走り始めた。大きな音は立てず、しかしものすごい速さだ。思わず悲鳴を漏らしそうになってしまう。
どうして音が出ないのかと気になっていると、どうやら走っているというよりは超低空飛行に近いものらしく、時折足を地面につけている程度だった。その時だけ、ちょっとだけ音が響いている。
「くーちゃん、こっちでも魔法の維持はするからね。無理はしないでね」
アリスがくーちゃんを優しく撫でながら言うと、くーちゃんがわずかに頷いた。
「魔法って?」
「消音の魔法です」
そんなものを使っていたのか、という驚きよりも、そんな魔法があるのか、という驚きの方が強かった。他にもプレイヤーが知らないだけで、生活に関わる魔法があるかもしれない。少し調べてみてもおもしろいだろうか。
やがてくーちゃんが走る速度を緩めていく。そして完全に止まった時には、目の前に巨大な城壁がそびえ立っていた。どうやらここが目的地らしい。
少し歩きます、というアリスの言葉に従い、くーちゃんから降りて城壁に沿って歩き始める。二人が降りてすぐに、くーちゃんは小さくなってアリスの頭の上に陣取った。いつものことなのだろう、アリスは気にした様子もなく歩き続ける。かわいいなあ、と心の中で思いつつ、セフィも歩を進めた。
十分ほど歩いたところで、門が見えてきた。大きな門で、大きな馬車でも余裕を持って通ることができる大きさだ。今は閉ざされており、その門の前には兵士だろう人間が二人いた。
「ん?」
ここに住むのは魔族のはずだ。何故人間がいるのだろう。そう思っているのが伝わったのか、アリスが自分の頭を指し示した。
「持っている特徴は人によって違いますけど、頭に角があることが多いです。他にも翼や尻尾があったりします。肌の色が違う方もいますね」
「へえ……。肌の色はともかく、ちょっとした違いだと分からないね……」
セフィたちが近づくと、兵士二人は怪訝そうに眉をひそめ、しかしすぐにはっと我に返り、敬礼をした。
「いらっしゃいませ、アリス様。お待ちしておりました」
「様付けはやめてくださいってば……」
アリスが苦笑しながら言う。どうやら様付けはずっとされているようで、アリスの口振りからはすでにあきらめの色がにじんでいた。
「アリス様は大切なお客様です。魔王様より、自分と同等として扱うようにと仰せつかっております」
「え。それは初耳なんですけど」
「はい。初めて言いました」
アリスが頬を引きつらせ、兵士がしれっとそんなことを言う。もう一人の兵士は笑いを堪えているのか、目を逸らして体を震わせていた。
壁|w・)山なし谷なし。




