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「…………。ごめん。もう一回」
「ミノタウロスのお肉です」
「…………。お、おう」
何故かセフィの頬が引きつっている。どうしたのだろうか。
「それは、美味しいの……?」
「私も今日初めて食べましたけど、とっても美味しかったです。それで、セフィさんにもお裾分けしようかなと」
「へえ……。うん。イメージできないけど、アリスを信じよう。うん。友達は信じないとね。うん」
セフィはどこか遠い目をして自分に言い聞かせていた。意味が分からず、アリスはずっと首を傾げており、アリスと手を繋いでいるミカはその真似をしているのか同じように首を傾げていた。
クールが迎えに来たのでミカと別れ、アリスはセフィと共に街の外へと向かう。セフィは北門でロゼと待ち合わせをしているらしい。何か用事があったのかと聞いてみれば、外に散歩にでも行こうかなと思っていた、とのことだった。
「散歩ですか」
「そうそう。散歩。たまにはのんびりしようかなと思ってね」
いつものんびりしてるけど、と朗らかに笑いながらセフィが言う。楽しげなその様子に、アリスも頬を緩めた。
北門で待っていたロゼは、アリスを見るなり少しだけ目を細めた。どことなく、不機嫌そうにも見える。戸惑うアリスへと、ロゼが言う。
「今日はいないんじゃなかったの?」
突き放すような、冷たい声音だった。アリスが言葉に詰まっている間に、ロゼは首を振って、何でも無い、と前置きして、
「いるとは思わなかったから驚いただけ。他意は無い」
「そう、ですか。あの、ごめんなさい、ロゼさん」
「何に謝ってるの? 別にいい。今日はセフィを独り占めできると思ってただけ」
そこで、アリスはセフィとロゼが姉妹であることを思い出した。思えばアリスはセフィと一緒にいることが多くなっていたと思う。その分、ロゼは姉と触れ合う時間が減っているはずだ。途端に、申し訳ない気持ちで一杯になってしまう。
セフィも何か思うところがあったのか、あー、と間延びした声を漏らし、苦笑した。
「ごめん、ロゼ。もう少し時間作るよ」
「……っ」
ロゼが大きく目を見開いた。愕然としたその表情に、セフィが困惑の色を浮かべている。ロゼは、そうじゃない、と小さな声でつぶやき、しかしすぐに首を振って肩をすくめた。
「気にしなくていい。セフィが忙しければ、私も別のことをするだけだから」
ロゼの顔を見れば、とても無理をしていることが分かる。だが何を我慢しているのか、はっきりとは分からない。セフィはロゼをじっと見つめていたが、やがて薄く微笑んで頷いた。
「こっちも何かあれば言うから、ロゼも言ってね。遠慮はしなくていいから」
「セフィに遠慮する必要性を最初から感じていないけど」
「ちょ……」
動きを止めたセフィを鼻で笑い、ロゼはアリスへと向き直った。
「それで、何かあったんじゃないの?」
「えっと……。はい。お肉、食べませんか? ミノタウロスです」
「…………。なんて?」
「ミノタウロスです」
「…………。お、おう。大物だね。色んな意味で」
ロゼの責めるような視線がセフィへと突き刺さる。再起動を果たしたセフィはその視線を受けて、慌てて弁解するように手を振った。
「いや、巻き込もうとか思ってないからね? アリスが言うには、とっても美味しいらしいからさ。だから一緒に食べようと思ったんだよ」
「信用できない。……まあ、ゲテモノと思えば、食べてみるのもありか」
げてものの意味はよく分からないが、ひどい言われようだということは分かる。こうなれば、とても美味しく調理して、ロゼを驚かせなければならない。アリスは心の中でそう決意した。
・・・・・
はっきり言おう、予想外だ。肉を食べたセフィは租借しながらそう思った。
このゲームでのミノタウロスは知らないが、だがその名前を使っているのだから、概ね予想と大差ないものだろうとは思う。とりあえずセフィの予想としては、二本足で立つ牛の頭の怪物だ。筋骨隆々の体つきのイメージなのだが、そうだとすれば筋ばかりのまずい肉としか思えない。
だが実際に食べてみれば、良い意味で予想を裏切られた。とても柔らかく、溶けてしまいそうなほどだ。濃厚な肉の味がありながらも、それほど臭みもない。もっとも、臭みに関してはアリスの料理の腕かもしれないが。だが柔らかさだけで考えても、素晴らしい肉だと思える。
「もしかして、ミノタウロスは魔物じゃなくて、牛の品種名?」
ロゼが漏らした言葉に、それだ! とセフィが納得しかけたところで、
「いえ、魔物ですよ。すごく大きな、牛の頭の魔物です」
「…………」
どうやら予想通りの魔物らしい。あのお肉か、とセフィはロゼと共に少しだけ遠い目になった。
「美味しいでしょう? 私も意外でした」
「だろうね……。どうして食べる気になったの?」
「くーちゃんが美味しいからと持ってきたので……」
アリスの隣で丸くなっているくーちゃんを見る。くーちゃんはスープではなく、お肉の塊をほどよく焼いたものにかぶりついていた。とても嬉しそうに尻尾を振っている。犬みたいだ。
「お手柄、と言うべきなのか、変なものを食べるなと怒るべきなのか……」
「セフィさん。考えたら負け、だとどこかで聞きました」
「あ、はい」
誰だアリスにそんなことを吹き込んだのは。そんなことを考えながら、セフィはスープを食べ進める。
「お代わりもありますよ」
「ん……。お願い」
「ロゼさんもいかがです?」
「…………。もらう」
セフィの器によそいながらの問いに、ロゼは渋面を浮かべながらも器を差し出した。やはり美味しいものは正義だ。
「ミノタウロスなんてどこにいたの?」
ロゼがお代わりを受け取りながら効いて、アリスは東です、と答えた。
「ずっと東に境界があるんです。ミノタウロスはその周辺に生息しています。ただ個体数は少ないので、すぐに見つけられるわけではありませんけど」
「境界?」
「はい。境界を越えると魔族の住む大陸になります。魔界なんて呼ばれ方もしますね」
「なにそれそんなところがあるの!?」
セフィとロゼが目を見開き、すぐに輝かせた。ファンタジーの定番とも言えるエルフですら見かけないので、人間しかいないものと思っていた。だがどうやら魔族は存在しているらしい。
「一応聞くけど、魔物と似たようなもの、とかじゃないよね?」




