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早速とばかりにスープに口をつける冒険者たち。アリスはその様子を、黙って見守っていた。スープには口をつけずに、だ。
「美味しい! 噂以上だ!」
剣士が真っ先に声を上げて、同意を示すように武闘家も頷いた。
「うん。本当に。特にこのお肉がいいよね。とっても柔らかい。口に入れると溶けてしまいそう」
「うんうん。中途半端に高いステーキを食べるより断然美味しいわね!」
魔法使いも絶賛してくれる。どうやら三人ともに受け入れられる味のようだ。それなら良かった、と内心で安堵のため息をつき、アリスもスープに口をつけた。お肉も食べてみる。なるほど、確かに柔らかくてとても美味しい。
「ミノタウロスのお肉って美味しいんですね」
ぽつりとアリスが零した言葉に、冒険者たちが凍り付いた。そんなことは知らずに、アリスは満足そうにスープを食べ続けていく。こんなに美味しいのなら、ここに立ち寄った時はまたクルーゼに狩ってもらうのもいいかもしれない。
そんなことを考えていると、魔法使いが恐る恐るといった様子で聞いてきた。
「あの……。これって、ミノタウロスなの? もしかして、さっき戦ってた……?」
気づいてなかったのか、とアリスは逆に驚いた。別段隠しながら料理をしていたつもりはない。クルーゼが解体の終えたお肉を持ってきた時に手早く調理して、目の前で鍋に入れている。てっきり気づいているものと思っていた。道理で躊躇いなく食べられるはずだ。アリスですら少し躊躇してしまっていたというのに。
「はい。先ほどくーちゃんが倒したミノタウロスですよ。ほら、あそこに」
そう言って、背後を指出す。アリスが示した方向、少し先に、大量の肉が積み上がっていた。クルーゼが解体、使いやすいように切り分けたお肉のまとまりだ。人間が食べることのできない部分はすでにクルーゼが焼却、もしくは食べてしまっているため、綺麗なお肉だけが残されている。
「あれが、さっきまでのミノタウロス?」
「はい。こうして見るともうほとんど分かりませんけど」
アリスが頷いた直後に、
「ふう……」
「遠藤!」
武闘家がまた倒れた。
「確かに美味しかった、しかしミノタウロスだ、でも美味しい、これがゲテモノなのか……!」
目を覚ました武闘家が何かぶつぶつ言っている。少し怖い。アリスだけでなく、剣士と魔法使いもそんな武闘家から距離を取っていた。
「それにしても、美味しかったわ。ありがとう、アリス」
どうやらこの二人はミノタウロスをただの肉として受け入れたらしい。美味しいものは美味しいのでそれが正しいと思う。ちなみにミノタウロスの残りの肉はリュックの中に詰め込んだ。とても美味しかったので、今から急いで始まりの街に戻って、セフィがいれば一緒に食べたいと思っている。大急ぎで戻れば、仕事には間に合うはずだ。
「あとはあの崖の先が気になるけど、さすがに調べることはできないよなあ」
三人はこのまま最寄りの街に戻ることにするそうだが、ちらちらと崖の方を見ていた。そんなに気になるものなのだろうか。アリスは少し考えて、まあこの程度なら問題ないだろうと判断して口を開いた。
「あの先は、魔界と呼ばれている地域です」
「へ?」
「魔族という種族が暮らしています。昔は私たち人族と争っていたらしいですが、今はお互いに不可侵を決めて停戦しています」
アリスのその説明に、剣士と魔法使いはそろって目を見開いていた。気づけば武闘家もこちらの話に耳を傾けていたようで、絶句してしまっている。
「魔族がいるのか……?」
「はい。いますよ」
「魔物の親玉、みたいな?」
「魔族の方と魔物は全く別です。動物を見て、これは人ですって言うようなものですよ」
魔族の人に怒られちゃいます、とアリスがおどけるように言うと、三人とも蒼白になって謝ってきた。別にアリスが怒ることではないので、気にしなくていいのだが。
「いずれ交易ぐらいは始めたいとギルドマスターが言っていたので、もしかするとそのうち、橋か何かができるかもしれませんね」
あくまで予定の話ではあるが、そんなことを仕事の報告の時にギルドマスターが言っていた。それほど遠くない未来で、交易ぐらいは始まるだろう。アリスのその言葉に、冒険者たちは妙に納得したように頷いていた。
「いずれ解放される時が楽しみだな」
「そのためにもレベル上げね。ミノタウロスぐらいは狩れるようにならないと」
「食べるためにだね。うん、美味しかった」
どうやら三人ともやる気が出てきているらしい。この先また会うかは分からないが、頑張ってください、とアリスは笑顔でエールを送っておいた。
指定された場所まではクルーゼに乗って飛んで向かい、そしてその場所からはクルーゼに小さくなってもらい、走ってもらう。これならば街の人に見つかることもなく、もう少しだけ距離が稼げる。そうして始まりの街にたどり着いた時には、辺りはすっかり暗くなってしまっていた。
さすがにセフィももういないかもしれない。そう思いながらギルドに向かう。いなければ、ギルドでお肉を預かってもらってもいいだろう。ギルドの人にお裾分けをしてもいいかもしれない。そんなことを考えながらギルドの扉を開ける。
「あ……」
目の前に、ミカと手を繋いだセフィがいた。アリスの声が聞こえたのか、セフィが振り返り、アリスを見て少し驚いたように眉を上げた。それに続き、ミカも振り返った。
「あ! アリスお姉ちゃん!」
ミカが嬉しそうな声を上げて、アリスの胸へと跳び込んでくる。アリスは屈んでそれを受け止めて、ミカの頭を撫でた。
「こんにちは、ミカちゃん。元気だった?」
「うん! 今日はこれからお兄ちゃんとダンジョンに行くの!」
「そうなんだ。良かったね」
嬉しそうに語るミカを見ていると、アリスの方も嬉しくなってくる。やはり子供は笑顔が一番だ。
「セフィさんはどうしてミカちゃんと?」
ミカから視線をはずしてセフィへと聞けば、セフィは肩をすくめて言った。
「たまたま通りで会っただけだよ。クールに、準備をしている間だけ一緒にいてあげてほしいって言われて、ここで待ってる」
「そうなんですね」
またミカが迷子にでもなっていたのかと思ったが、違ったらしい。先日のこともあったので、さすがにそう考えていたのは失礼だったかもしれない。内心で謝罪だけして、アリスは立ち上がった。
「改めて、こんにちは、セフィさん」
「うん。こんにちは、アリス。今日は始まりの街に戻ってくる日だったっけ?」
「いえ。ちょっといい物が手に入ったので、セフィさんと一緒に食べようかなと」
「いいもの?」
セフィの瞳が期待に輝く。アリスはにっこりと笑顔で言った。
「ミノタウロスのお肉です」
壁|w・)明日は水曜日なのでお休みです。




