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無謀。その一言に尽きる。
アリスはある場所へと移動するため、始まりの街からずっと東を目指していた。急ぎではない、というよりも早くに行くと迷惑になる可能性もあるため、今回はクルーゼに乗る時間は控えめに、多くの時間を歩いている。その道中、それを見かけた。
場所は、境界近くの荒野。草木のない岩や砂だけの場所で、三人の冒険者が魔物と戦っていた。牛が立っているような巨大な魔物、ミノタウロスと、それに立ち向かう冒険者。稀に見かける光景ではあるが、こんな場所まで来ているのか、と驚くばかりだ。
ここは境界。すぐ側には北から南へと果てしなく続く断崖がある。あまりに深く、底の見えない崖だ。幅も広く、反対側は晴れていてもうっすらとしか見えない。こちら側が人間の住まう土地であり、この崖から向こう側は、魔族が住まう土地だ。
人間と魔族の間には不可侵の決まりがある。そしてこの崖の近辺は立ち入り禁止のエリアとなっている。ここに入っていいのは、それぞれの長から許しを得た者か、もしくはアリスのように神様から特殊な仕事を与えられた者だけだ。
そしてそれ故に、このエリアの魔物は強力な個体が多い。天敵が少ないためだと言われているが、詳しいことはアリスにも分からない。今も目の前では冒険者三人が必死に戦っているが、ミノタウロスには目立ったダメージは与えられていないようだった。
関わるべきではない。薄情かもしれないが、ここにいるということは、無断で立ち入った者ということだ。ならば助ける必要もなく、その結果は自業自得で片付けられる。
だが、だからといって、見捨てられるかと問われれば、否だ。
「くーちゃん」
アリスの呼びかけに、待ってましたとばかりにクルーゼがリュックから飛び出した。ミノタウロスと同程度まで巨大化して、襲いかかる。突然ドラゴンに襲われたミノタウロスは怒りの咆哮を上げながらも、迎撃に動いた。
アリスはそれを横目で見ながら、冒険者たちの方へと近づいた。
「こんにちは」
「え? うわっ! びっくりした……」
冒険者の一人、鎧を着た剣士らしき人が振り返る。剣士はアリスの姿を認めると、驚いたように目を見開いた。
「もしかして、アリスさん?」
「はい。ここは危ないのでこちらへどうぞ」
剣士にそう言って、アリスは踵を返して歩き始める。剣士は戸惑いながらも、仲間に声をかけて追ってきた。
十分ほど黙々と歩き、崖から十分に離れたところでアリスはようやく足を止めた。
「ふう……。驚きました。こんなところに冒険者の方がいるとはいるとは思わなかったので」
「ああ……。うん。俺もまさかアリスさんと会えるとは思わなかった」
なあ、と剣士が振り返って言うと、ついてきていた残りの二人、ローブ姿の魔法使いの女と、軽装の武闘家の男が頷いた。
「どうしてこんなところにいたんですか?」
アリスが聞いて、魔法使いが答える。
「別に目的なんてないわよ。ダンジョンをクリアした後で少し暇になってね。どうせだから、時間の許す限りフィールドを歩いてみようってことになって、こっち側に来たの。まさかこんな大きな崖になっているなんて思わなかったけど」
「あんな魔物が出てくるとも思わなかったよね」
武闘家も続いて頷いて言う。確かに何も知らなければ、あの崖や魔物は驚くだろう。
「あの先がどうなってるのか気にな……、うわあ!?」
剣士が振り返りながらそう言って、唐突に大声を上げた。何事かと思いながら剣士の視線の先を見る。クルーゼが戻ってくるところだった。口に、大きな獲物をくわえて。
クルーゼがくわえているのは、ミノタウロスの上半身だった。下半身はどこにいった。あとおびただしいほどの血が流れているのも見える。アリスですら頬を引きつらせたのだから、冒険者三人の衝撃はアリス以上だろう。
「す、すぷらった……」
「ふう……」
「遠藤!?」
武闘家が倒れ、魔法使いが慌てながら支える。えんどう、というのは名前だろうか。こういうのは普通逆なんじゃないかと剣士が苦笑しているが、アリスには意味が分からなかった。
そう話している間に、クルーゼがアリスの元までたどり着いた。血は、止まっている。上半身はくわえたままだが。
「えっと……。くーちゃん? 私にそれをどうしろと?」
聞いたものの、何となくだが答えは分かっている。分かりたくないが、分かってしまっている。じっとクルーゼの顔を見て、アリスはため息をついた。このお肉美味しいよ、と言いたげな顔だ。厚意で持ってきてくれたのだから捨てたくはないが、アリスにとってもなかなかに厳しい。
「それは……。どうするんだ?」
剣士が後退りながら聞いてくる。そこまで怯えなくてもいいだろうに。アリスは剣士には答えずに、クルーゼへと言う。
「処理までしてね」
クルーゼは頷くと、ミノタウロスを地面に放り投げた。そしてその前に立ち、ミノタウロスの体に爪を突き立てていく。それをじっと見ている気にはなれず、剣士たちへと視線を戻した。
「お疲れですよね? 今からスープでも作りますけど、いかがですか?」
「えっと……」
「是非!」
どうしようかと悩む剣士の代わりに、魔法使いが答えた。その元気な声の返事に、アリスは思わず頬を緩めてしまう。分かりました、とアリスは頷くと、リュックをその場に下ろした。鍋や包丁、野菜を次々に取り出していく。そのアリスの動きを、冒険者たちは興味深そうに眺めていた。
たき火を起こし、手早く、けれど丁寧に料理を進めていく。そうして冒険者たちの前でスープを作り上げた。具材は季節の野菜とお肉だ。アリスとしても、食べるのは初めてのお肉になる。
「できました」
「思った以上に早いな……」
急ぎましたから、と笑いながら、アリスは人数分の皿を用意する。皿にスープを注ぎ、冒険者たちに渡していく。その頃には武闘家も目覚め、恐縮しながら受け取っていた。
壁|w・)食用ミノタウロス。




