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さらにしばらく待つと、店員が盆を持って戻ってきた。盆の上には大きなショートケーキと、オレンジジュースで満たされたコップが二つある。店員はケーキをミカの前に、ジュースを二人の前にそれぞれ置いた。ごゆっくり、と店員が立ち去っていく。それを見送ってから、ミカが言った。
「食べて良いの?」
「もちろん」
ミカが早速とばかりにケーキを口に入れる。瞳を輝かせて、アリスを見てくる。優しく微笑むと、ミカは破顔して次々に口に入れていく。とても美味しそうに、幸せそうに食べている。奮発したかいがあったというものだ。
「あ、お姉ちゃん」
「ん? どうしたの?」
「はい、あーん」
ミカがフォークに突き刺したケーキを突き出してきた。どうやら分けてくれるらしい。ありがとう、と礼を言って、お言葉に甘えて食べさせてもらう。ほどよい甘さが口に広がって、とても美味しい。スポンジもクリームもふわふわで、溶けてしまいそうだ。なるほど、これならあの値段にも納得できる。頻繁に買おうとは思えないが。
「美味しい?」
ミカが聞いて、アリスは頷いた。
「うん。とっても」
ミカは嬉しそうに笑った後、またケーキを食べ始める。幸せそうだ。
「あれ? アリス?」
その声に、とても耳慣れたその声にアリスは驚きながらも通りへと視線を向ける。同じように驚いた目で立ち尽くす一人の少女。アリスと同じ年頃で、アリスの親友。
「セフィさん?」
「えっと、こんにちは? 何してるの?」
「こんにちは。迷子の保護です」
「あー……。なるほどね」
セフィはミカを見て、納得したように頷いた。ちょっと待ってね、と言い残してギルドへと向かう。すぐに、二人の少女を引き連れて戻ってきた。
一人はアリスも知っている。セフィの妹のロゼだ。だがもう一人は見覚えがなく、アリスが首を傾げているとセフィが言った。
「紹介するね。私の友達のローズ。剣士だよ」
「初めまして、アリスさん。ローズよ。短剣の使い心地はどう?」
ローズの質問にアリスは首を傾げた。短剣と言えば、セフィからもらったあの短剣しかないが、何故ローズという人がそれを気にするのだろうか。不思議に思っていると、セフィが説明してくれた。
「アリスに渡した短剣は、ローズの家族が作ったものだよ。私がそれをもらって、エンチャントをかけて、アリスに渡したんだ」
「そうだったんですね。とってもすごい剣で、驚きました。ありがとうございます」
正直に感想を告げれば、ローズは頷いて何も言わなかった。無口な人なのだろうか。
「本当にNPCなら使えるのね……。セフィ、この子と勝負してみたら? 今なら装備性能の違いだけでぼろ負けするわよ」
「断固拒否する」
二人が何か小声で相談しているようだが、何を話しているのだろうか。
「この子が迷子?」
ロゼがミカを見ながら言うと、ミカはびくりと体を震わせ、アリスの後ろに隠れた。ちゃっかり食べかけのケーキを持って移動している。
「ロゼ、怖がられてるね」
セフィがからかうように言って、ロゼは半眼でセフィを睨み付けた。
「今日の夕食、覚えておいて」
「え? ちょ、まって、リアルのご飯は勘弁してください!」
「仕方ない。考えておこう」
「それ、考えるだけだよね!?」
二人で騒ぎ始めるセフィとロゼ。ローズがそれを呆れたような目で見ており、アリスは思わず苦笑していた。隠れているミカの頭を撫でて、言う。
「この人たちは怖い人じゃないから大丈夫だよ。私の友達だから」
「お姉ちゃんのお友達?」
「そう」
ミカが今までとは打って変わり、表情を明るくさせた。ケーキをテーブルに置き、三人へと向き直る。それに気づいたセフィとロゼも口論をやめた。
「ミカです! よろしくお願いします!」
しっかりと頭を下げるミカ。ちらちらとこちらを見ているということは、アリスの友達だから頑張っているのかもしれない。少しだけ微笑ましく思う。
「ミカちゃんだね。私はセフィだよ。よろしく」
「ロゼ」
「ローズよ。よろしくね、ミカちゃん」
三人も続いて挨拶をする。ロゼは挨拶といっても名前しか言っていないが。それでも、返事があったことが嬉しいのか、ミカは満面の笑顔になった。
「セフィお姉ちゃんと、ロゼお姉ちゃんと、ローズお姉ちゃん!」
お姉ちゃんが増えた、と喜んでいるが、これは増えたと考えていいのだろうか。本人がとても嬉しそうなので何も言わないでおこう。
「アリス、私たちも一緒にいていい?」
「はい。もちろんです」
セフィの問いに、アリスは即座に頷いた。一人でミカの相手をすることに不安を覚えていたのでちょうどいい。セフィはありがと、と短く礼を言うと、庭に入ってきていすに座った。続いてロゼとローズも入ってくる。
メニューを開いたセフィへと、ミカが駆け寄った。
「セフィお姉ちゃん、このケーキがとっても美味しかったよ」
「へえ、そうなんだ。値段は……」
セフィの動きが止まった。不思議に思ったロゼとローズがセフィの横からメニューをのぞき込み、こちらも動きを止める。値段に驚いているのだろう。気持ちはよく分かる。
セフィはしばらく押し黙り、メニューとにらめっこを続けていたが、やがて、よしと頷いた。テーブルのボタンを押して、こちらへと駆けてきた店員に言う。
「この高いケーキを五人分!」
「はあ!?」
ローズが素っ頓狂な声を上げるが、セフィは構わずに注文を続ける。グレープジュースを人数分注文して、以上、と終えた。
店員が駆けていくのを見送ってから、ローズが目を細めてセフィを睨んだ。
「ちょっと、セフィ。私はそんなお金持ってないわよ」
「大丈夫。全員分、私のおごりだ!」
セフィが立ち上がって胸を叩く。おお、とロゼが、太っ腹ね、とローズが小さく拍手した。ミカもよく分かっていないようだったが、楽しそうに拍手をしている。困惑しているのはアリスだけだ。
「あの、五人分ということは、もしかして……」
「あ、もちろんアリスの分だよ。さすがに私たちが食べてる前で我慢しろなんて言わないから」
「いえむしろ言ってください! いただけません!」
いくら何でも高すぎる。アリスがそう叫ぶと、む、とセフィが表情を険しくした。
「気にしなくていいよ? まだ一応余裕はあるから」
「結構儲けてるよね、セフィは」
「あっはっは! エンチャンターなめんな!」




