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美味しい食事処、品揃えの良い雑貨屋、優秀な鍛冶士など、冒険者にとって役立つだろう場所を順番に紹介していく。ただあまり時間はないので、本当に紹介するだけだ。実際に利用してもらうのはもうしばらく先のことになるだろう。
次はギルドかな、と思っていると、肩を叩かれた。振り返ると、とても不満そうなセフィの表情が目に入り、アリスの思考が停止した。
「せ、セフィさん……? 私、何かやっちゃいました……?」
嫌われるようなことをしてしまっただろうか。そう思っていると、セフィは呆れの含んだ目で言う。
「私はどちらかというと、もっと特別なところに行きたかったな」
「特別なところ、ですか?」
そんなものがこの街にあっただろうか。北の街は始まりの街よりもどちらかと言えば小さいと言える街だ。セフィが行きたい店がない可能性もある。そう考えていると、セフィが言った。
「店とか施設とかは、私とロゼだけでも探せるよ。アリスのお勧めの場所とか、ないの? 綺麗な景色とか、そういったもの」
「はあ……。景色、ですか」
少し考えて、アリスはそれならばと頷いた。
「少し遠いですけど……」
そう言いながら、アリスがまた先導する。そうしてしばらく歩き続け、街の西の外れまでやってきた。大きな湖がある場所だ。この街に多くある川は全てがこの湖に繋がっている。川の流れは速くないので、ここから小舟で出発して街を一巡りして戻ってくる、ということも可能だ。
「へえ。おもしろそう」
セフィの笑顔を見て、アリスは胸を撫で下ろした。どうやら喜んでもらえたらしい。だが、目的はこの湖の説明ではない。
「もう少し待ってくださいね」
アリスの言葉に、セフィとロゼが首を傾げた。空を見上げる。雲が月を覆い隠しているためまだ分かりづらいが、そろそろ雲が切れるはずだ。そう思っている間に、雲が途切れ、月の光が降り注いだ。
月の光が水面を照らし、ゆらゆらと揺らめく。光が踊るようなその光景は、とても幻想的だとアリスは思っている。どうですか、と二人へと振り返れば、セフィもロゼも陶然とした様子で水面を眺めていた。
「すごい。本当に綺麗……」
セフィのその言葉に、アリスは嬉しそうに笑いながら頷いた。満足してもらえたのなら、アリスとしてもここに案内したかいがあったというものだ。
「北の街では、私はこの時間のここが一番好きです。……まあ、私も教えてもらった側なんですが」
「へえ。誰に?」
「ギルドマスターです」
「ギルドマスターって、ギルド全体の責任者だっけ。すごいね、そんな人とも知り合いなんだ」
「知り合いといっても、それほど親しいわけではないですよ。どちらかというと、上司部下の関係の方が近いかもしれません」
なるほどね、とセフィが納得したように頷いた。なんとなくだが、分かってもらえていないような気がする。ただそこまでギルドマスターとの関係は重要ではないので、想像に任せてもいいだろう。アリス自身、彼に会ったのは未だ片手の指で数えられる程度だ。
だから、そう簡単に会うわけがない。そう思っていたのだが。
「これは珍しい客だな」
アリスたちの背後からの声に、三人は大きく体を震わせて慌てて振り返った。そこにいたのは、短い黒髪の初老の男。数回しか見たことがないが、だからこそその顔はよく覚えていた。
「ギルドマスター……」
アリスの呟きに、セフィとロゼが驚きからか目を瞠り、すぐに顔を青ざめさせた。きっと自分の顔も青くなっていることだろう。
「冒険者の二人は初めましてだな。ギルドマスターのクロダだ。立ち話もなんだから、ギルドに行こうか」
怒られる。間違い無く怒られる。クルーゼの降りた場所もそうだし、来る予定のなかった冒険者を連れてきてしまった。怒られる要素しかない。力無く項垂れるアリスの手を、誰かが掴んだ。見ると、セフィが苦笑しながらアリスの手を握っていた。
「一緒に怒られようか。二人ならきっと少しは分散されるだろうし」
「二人じゃない。三人」
ロゼがすぐに訂正をする。おっと失礼、とおどけるセフィに、ロゼが小さくため息をついた。
二人とも、アリスが連れてきている。怒られるべきはアリスだけだ。だが、こうして一緒に来てくれるという二人に、アリスはとても嬉しくなってしまった。
「ありがとうございます、セフィさん、ロゼさん」
そうお礼を言うと、セフィはにやりと意地の悪い笑みを浮かべた。
「これでくーちゃんの上で抱きついていたのは帳消しだからね」
「え? ……ああ、なるほど。分かりました」
そういうことか、と一瞬思うが、セフィは少し頬を赤らめて顔を背けていた。照れ隠し、というものなのだろう。アリスが気にしすぎないようにと気を遣ってくれたのかもしれない。もう一度心の中でお礼を言って、アリスはセフィたちと共にギルドへと向かった。
ギルドの受付の奥にある部屋に、アリスたちは通されていた。長いソファに三人で座り、向かい側に座るクロダの言葉を待つ。緊張で生きた心地がしない。クロダはそんな三人の心境を知ってか知らずか、優雅にカップを傾け、紅茶を飲んでいた。
「どうした? 飲みなさい。それともジュースの方が良かったか?」
クロダの言葉に、アリスとセフィが頬を引きつらせた。こんな空気で飲めるわけがないだろう、と。どんな猛者が飲めるというのか。
「あ、私はオレンジジュースが良いです」
「そうか。用意させよう」
すぐ身近に猛者がいた。ロゼは受付の人が持ってきたオレンジジュースのコップを嬉しそうに受け取ると、それを飲み始めた。
「二人はどうする? 遠慮する必要はないぞ」
「あー……。えっと……」
セフィの視線がクロダとアリスの間をいったりきたりしている。アリスは内心で絵苦笑すると、クロダに言った。
「すみません。こちらもオレンジジュースをお願いします。二人分」
「…………。ああ。いいだろう」
笑いを堪えているかのような間の後、要望通りにオレンジジュースが運ばれてきた。受付の人も心なしか笑っているように見えたのは、きっと気のせいではないだろう。
全員が少しずつ飲み物を口に入れたところで、さて、とクロダが声を上げた。
「まずはアリス。何か言うことはあるか?」
びくりとアリスの体が震え、視線が彷徨う。誰かに助けを求めたいが、今回悪いのは間違い無く自分だ。アリスは喉がからからに渇くのを感じながらも、クロダへと頭を下げた。
「申し訳ありません」
「ふむ。何が悪いのかは分かっているな?」
「はい……。くーちゃん……クルーゼに乗せてもらう場所や、セフィさんたちを勝手に北の街まで連れてきたこと、ですよね」
「よろしい。さて、ではどうするかな」
クロダが顎に手を当てて考え始める。自分への罰を考えているのだろう。もしかすると、この仕事を失ってしまうかもしれない。そう考えるだけで、恐怖でどうにかなってしまいそうだ。
壁|w・)ギルドマスターさん再登場。




