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ゆっくりと日が昇り始める。その光が、広大な草原にぽつんと組み立てられた一人用のテントを照らした。中からもぞもぞと何かが動く音が聞こえてきて、やがて一人の少女が顔を出した。寝ぼけ眼で何度か瞬きを繰り返し、小さく欠伸をする。
「おはよう、くーちゃん」
少女、アリスが目の前で丸くなっている小さなドラゴンに声を掛けた。ドラゴンのクルーゼは顔を上げると、アリスの元へと飛んでくる。アリスが抱き留めると、甘えるように顔をすり寄せてきた。くすぐったそうに少女は笑い、クルーゼの頭を撫でた。
しばらくクルーゼと戯れてから、朝食の準備を始める。といっても、誰もいない時の朝食に手間は掛けない。乾燥したパンを水で柔らかくしながら食べるだけだ。美味しいとは言えないが、その分夜に手間をかけたいと思う。
それに、今日の午後はとても楽しみなことがある。
「セフィさん、元気かな?」
初めて友達になってくれたセフィと会う約束をしていた。今からとても楽しみだ。頬が自然と緩んでしまう。
にやけるアリスの表情を、クルーゼは生暖かく見守っていた。
簡単な朝食を終えて、クルーゼの背に乗って移動を開始する。クルーゼの飛行速度はとても速い。人の足なら数日かかる距離でも、クルーゼなら一日かからずに到達してしまう。
昼前には始まりの街の北の森に到着し、夕方には無事に始まりの街に入ることができた。クルーゼを胸に抱き、アリスは門の側に立つ兵士に会釈をする。兵士は笑顔で会釈を返してくれた。
「待ち合わせはギルドの前、だったよね」
クルーゼの喉を撫でながら、アリスは歩いて行く。クルーゼの肌は鱗に覆われているため冷たいが、それがとても気持ちがいい。クルーゼも気持ちよさそうに目を細めていた。
「くーちゃん」
クルーゼの名を呼ぶと、クルーゼはふわりと浮き上がった。そうしてアリスの頭の上に載る。周囲へと、警戒の視線を向ける。先ほどから、どうにも視線を感じてしまっている。しかも見ず知らずの人がアリスのことを見ているらしい。冒険者の人たちだろうか。
自意識過剰、というわけでもないようで、視線を巡らせればこちらを指差して何かを話す人もいた。やはり、視線は気のせいではないらしい。
「くーちゃん。もしもの時は、お願いね」
そう小さく言えば、クルーゼは任せろとばかりに頷いた。その仕草に少し安心しつつ、先を急ぐ。しばらく歩き続けると、ギルドの前に立つ二人組が視界に入った。
セフィとロゼだった。
「セフィさん!」
嬉しさと安心から大きな声で名前を呼ぶ。セフィはすぐにこちらに気づくと、次の瞬間には猛然とこちらへと走ってきた。驚くアリスの手をセフィが掴む。
「こっち! 早く!」
セフィに促され、アリスは路地裏に連れられていった。後にはロゼが続く。路地裏に入ってもしばらく走り、やがて人の気配がなくなったところでセフィは足を止めた。
「ふう……。ここまで来れば安心かな」
そう言って、セフィは一息ついた。意味が分からずに首を傾げるアリスの肩をロゼが叩く。振り返ったアリスへと、ロゼが言った。
「セフィはよからぬことをアリスさんにしようとしてる。今すぐ逃げるべき」
「何言ってんの!?」
セフィがロゼに対して何か文句を言い、ロゼはそれを聞き流している。以前見た時と同じ光景だ。変わらない二人の関係に、アリスは笑顔になった。
「お久しぶりです、セフィさん」
「あー……。うん。久しぶり、アリス。元気そうだね」
「はい! セフィさんも元気そうですね。また会えて嬉しいです」
「うんうん。私も嬉しいよ!」
セフィも満面の笑顔になり、お互いに笑顔を交わす。なんとなく、友達のようなやり取りで嬉しくなる。そうだ、とセフィはどこかから黒いローブを取り出すと、それをアリスに押しつけてきた。首を傾げるアリスに、セフィが言う。
「それ、着ておいて。くーちゃんも隠してね。フードももちろん被って」
「それはいいですけど……。どうしてですか?」
「んー……。視線、感じなかった?」
セフィの言葉に、アリスは驚きに目を見開いた。どうして知っているのかと。そのアリスの反応から答えを察したのだろう、セフィはやっぱり、と渋面を浮かべた。
「掲示板で話題になってる、は通じないかな……。ドラゴンを連れた金髪の美少女なんてまずいないからさ、自然と視線を集めるんだよ」
「はあ……。私は美少女ではありませんが」
「あ、はい。そうですねー」
セフィは乾いた笑顔を浮かべて、すぐに咳払いをした。
「とにかく、悪目立ちしたくなければそのローブを着ておいて。ちなみにロゼの初期装備……、お下がりだからお金とかは気にしなくていいよ」
「いいんですか? ロゼさん」
先ほどから沈黙を保っているロゼへと聞けば、ロゼは無表情のまま頷いた。
「むしろ捨てる手間が省けるからもらってほしい」
「そういうことでしたら、遠慮無くもらっちゃいますね」
初めての友達からの贈り物だ。そう思うと嬉しくなってくる。だがすぐに、待った、とセフィに止められた。
「そ、それよりも先にさ、これ、渡しておくね」
セフィが差し出してきたのは、鞘に収まった短剣だった。ナイフよりも少し長い程度の短剣だ。セフィに促されて鞘から抜いてみると、一目でとても良いものだと分かった。刀剣に詳しくないアリスですらそう分かるのだから、きっと業物と言えるものだろう。
「すごい短剣ですね……」
「うん。アリスにあげる」
「……え?」
一瞬、言われた意味が分からずにアリスは首を傾げた。すぐに言葉の意味を理解して、しかし行動の意味が分からずにアリスは狼狽してしまった。
「いただけません!」
「いいからいいから。私が持ってても使えないしね。指輪のお礼だよ」
「釣り合いませんよ……! こんな……!」
「アリスのために用意したんだけど、だめ?」
セフィが上目遣いに問うてくる。その仕草は卑怯だと思う。とてもではないが、アリスには断れない。アリスは短剣とセフィを交互に見て、何を言ってお無駄だと察して内心で嘆息した。
「分かりました……。いただいておきます。ありがとうございます、セフィさん」
「うん。ちゃんと使ってくれると嬉しいかな。そのためにエンチャントを覚えてかえておいたし」
え、とアリスは目を丸くした。短剣をもう一度見てみれば、なるほど確かに魔力を感じる。それも、目の前のセフィの魔力だ。わざわざこの短剣のためにエンチャントを覚えたらしい。そのことに、胸が温かくなるのを感じた。




