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セフィがおどけたように言うと、院長は笑みを深めた。カップをテーブルに戻し、さて、とセフィに視線を合わせてくる。その目の鋭さに、セフィは居住まいを正した。隣ではロゼも少し緊張しているのが分かった。
「冒険者がわざわざここに来たってことは、何か目的があるんだろ? 回りくどいのはなしだ。さっさと用件を言っとくれ」
どうやって用件を切り出そうか考えていたところなので、院長の言葉は渡りに船だった。分かりました、とセフィは頷き、
「アリスから指輪をもらったので、お礼に何か贈りたいんですけど、アリスはどういったものをもらえば喜びますか?」
「あ? 贈り物?」
「はい。贈り物」
「……用件はそれ?」
「用件はこれ」
真剣な表情のセフィに対して、院長の方が唖然と口を間抜けに開けていた。やがて顔を俯かせしばらく震えていたかと思うと、豪快に笑い始めた。突然のその行動にセフィが呆気にとられ、ロゼは少し呆れたような表情をしつつも我関せずとばかりにカップに口をつけていた。
「あっはっは! 何の用件かと思えば、贈り物かい! あたしはてっきりアリスに何かあったのかと警戒していたのに!」
「え? ええ!? 違いますそんなことないです!」
「まあそうだろうね。クルーゼがいるんだ。万が一も起きないだろうさ。ああ、腹が痛いよまったく……!」
院長はそう言いながらもずっと笑い続けている。セフィの方は何故か恥ずかしくなってきてしまい、顔を赤くしていた。これ以上は何も言えずに、院長が落ち着くのを待つ。やがて院長は笑いの衝動が収まってきたのか、カップに口をつけて中身を一気に飲み干すと、ゆっくりと息を吐き出した。まだ笑いを堪えているかのような笑顔のまま、セフィへと言う。
「さて。指輪のお礼だったか。別にいらないと思うよ? あの子はそんなつもりで指輪を渡したわけじゃないはずだ」
「私がしたいだけです」
「ふむ……。そうかい。アリスが喜ぶもの、ね」
しばらく考えて、うん、と院長は頷いた。
「わからんね」
「え? 分からない、ですか?」
「ああ。あの子は特別何かを欲しがるようなことがなかったからね。何を贈っても喜んでいたよ」
選ぶ側としてはいつも苦労したものさ、と院長が苦笑する。どうやらあまり良い意見はもらえそうにない。そう思い意気消沈しかけたが、でも、と院長の声にセフィはすぐに視線を戻した。
「あの子はどちらかというと、いつも身につけられるものか、もしくはいつも使うものをもらえる方が嬉しそうだったね。特に今はあの子も旅をしている身だ。普段から使うものの方がいいだろう」
例えばそうだね、と院長は少し考えて、
「あの子が持っていないものを考えると、短剣なんてどうだい?」
「短剣って……。武器ですか?」
「ああ。あの子、クルーゼがいるからって護身用の武器の一つも持ってないんだよ。多分だけれど、そろそろ欲しくなっているんじゃないかな」
言われてみれば、アリスは武器を持っていなかった。料理をするために包丁は使っていたが、あれは武器とは言えないだろう。料理の後に洗った後は片付けていたはずだ。確かに、短剣というのはいい案かもしれない。女の子に贈るものとしてどうかとは思うが。
「あと、そうだね。もし自分らしさを入れたいなら、エンチャントでも教えてあげようか?」
「エンチャント?」
首を傾げるセフィに、院長は知らないのかい、と呆れたような目を向けてきた。戸惑うセフィに、ロゼがため息をついて口を開いた。
「武器や道具に付加効果を与える魔法。それがエンチャント」
「へえ。そんなのあるんだ」
「公式サイトに掲載されていた情報だけど?」
半眼で見つめてくるロゼからそっと視線を逸らす。確かに公式サイトを見たが、さすがにそんなことまで覚えていない。いや、はっきり言ってしまえば、流し読みだったのでほとんどうろ覚えだ。
「習得は簡単だけど、スキルのトレーニングが大変。掲示板ではマゾ御用達とまで言われてる」
「うわあ……。きつそう……」
このゲームでは、多くのスキルが使えば使うほどにスキルごとに経験値が割り振られ、ある程度貯めればランクアップするようになっている。トレーニングが大変、ということはそのランクアップするまでの必要な使用回数が他と比べて多いということだ。
「あんたらの会話の内容はよく分からんが、まあ楽なスキルではないね」
ロゼの説明を裏付けるかのように院長が深く頷いた。それにセフィは頬を引きつらせるが、しかし確かにそのエンチャントがあれば、ただ短剣を贈るにしてもより良いものを贈れそうだ。
「ちなみにエンチャントは自分の魔力を使うからね。分かる人には誰がエンチャントしたのか分かるんだよ。アリスの指輪はアリスがエンチャントしたものだ」
「ああ……。そういうことだったんだ……」
アリスの魔力が分かる指輪。セフィが短剣にエンチャントすれば、同じようになるのだろうか。
「うん。エンチャント、覚えてみたい」
セフィがそう言うと、老婆は不敵に笑った。
「決まりだね。じゃあ今からやるとしよう」
「え? 今から?」
「そりゃそうだろう。時間がないんだから。道具を持ってくるからちょっと待ってな」
そう言って老婆が部屋を出て行く。頬を引きつらせるセフィの肩をロゼが叩き、
「がんばれ」
「ひ、他人事だと思って……!」
恨みがましいセフィの視線を流して、ロゼはオレンジジュースを楽しんでいた。
院長からエンチャントを教わったセフィはロゼと共にギルドに向かっていた。院長はやはりこの世界の住人らしく、魔力の流れがどうのこうのと、セフィでは分からないことを説明していた。隣で聞いていたロゼも目を点にしていたことから、よく理解していないらしい。
「魔力の流れって言われてもね……。まあ、いつの間にかスキルは習得できてたけど……」
「ちなみに私が魔法を覚えた時も同じようなことを言われてる」
「へえ。分かったの?」
「分からない。掲示板でも分かっている人はいない」
「だよねえ」
ここの人たちは何かを感じ取ることができるのかもしれないが、少なくともセフィには無理だ。少し残念に思うが、こればかりは仕方がない。院長も、冒険者はそういうものなのかもね、と最後には諦めていた。
そんなことを話ながら、ギルドへと入る。ギルドは周囲の建物よりも少し大きい二階建ての建物だ。入ってすぐが広い部屋になっており、カウンターの向こう側では何人もの受付の人がプレイヤーと話をしていた。
壁|w・)そろそろアリス視点に戻したいところ。もう少し……。




