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木製のテーブルといす、それにベッドだけがある小さな部屋に、その少女はいた。
セミロングの金の髪に淡い青の瞳で、年は十代半ばほどに見える。この小屋に一人で住む少女だ。両親はいない。一年前までは孤児院で生活していた。何故孤児院にいたのかは、教えてもらっていない。物心ついた時にはすでに孤児院にいた。
少女の名は、アリス。どこにでもいる、平凡な町娘。……だった。
一年前、少女は神に選ばれた。神から直接仕事を与えられたのだ。街から街へと重要な情報や物を運ぶ仕事だ。なぜアリスが選ばれたのか、その理由は聞いていない。神の言葉は絶対なので、聞く必要もない。
神からの言葉はこの世界に暮らす全ての者が聞いた。神から言葉をいただけるのは五年ぶりだ。街どころか国を挙げての大騒ぎになり、アリスは一躍時の人となった。今ではアリスの名を知らない人はいないだろう。
アリスには仕事だけでなく、旅の仲間も与えられた。護衛役だそうだ。その仲間は、今はアリスの膝の上で眠っている。小さな赤いドラゴンで、名前はクルーゼ。どこか厳つい名前なため、この小さなドラゴンには似合わないと思ってしまう。そのためか、アリスはクルーゼのことをくーちゃんを呼んでいる。クルーゼもそれで問題ないのか、くーちゃんという呼び名を受け入れていた。
一年前から今日までは、準備期間だ。仕事の内容ややり方などをこの一年間で学んできた。明日からはついに本番として仕事を始めることになる。
さらに、明日からはまた特別なことがある。
神から、大勢の冒険者が訪れるという連絡を受けている。誰も入れなかった小さな神殿から冒険者は訪れるらしい。遙か遠い地より来るそうだ。その冒険者を迎えるために、街を挙げての祭りが催されることになっている。それに便乗、というわけではないが、アリスの送別会も同時に行われることになっていた。もっとも、アリスの送別会は冒険者の邪魔にならないように、隅でひっそりと行われる予定だ。
それでもアリスにとっては十分だ。明日からの生活がとても楽しみだ。この小さな家を引き払うことになるが、寂しさよりも期待で胸がいっぱいになっている。
「明日からがんばろうね、くーちゃん」
クルーゼは顔を上げると、アリスにすり寄ってきた。それがとてもかわいらしい。アリスはクルーゼを抱きしめながら、眠りに落ちた。
アリスの暮らす街は大きな円形の造りとなっている。街の中央には、今まで誰も入れなかった小さな神殿がある。その神殿の周囲はちょっとした広場で、祭りの時はここに露店が並ぶことになる。今も多くの露店が並んでいた。
神のお告げの通り、神殿の扉は開かれ、次々と見知らぬ人々が出てきている。誰もが好奇心に瞳を輝かせている。興奮からか、大きな声での会話も聞こえてきた。
「初日は祭りのイベントがあるってあったけど、これはすごいな!」
「広場の露店は今日だけは無料で利用できるらしいぞ。あれ、食ってみようぜ!」
どうやら冒険者たちには楽しんでもらえているらしい。準備を手伝ったアリスとしても、少し誇らしいものがある。アリスは広場の隅からその様子をしばらく眺めていたが、やがてそっとその場を後にした。
アリスの目的地である北の門には、大きな丸テーブルが三つほど並べられていた。アリスの知り合いらが座っており、その中の一人、孤児院の院長がアリスへと手を振ってきた。
「待ってたよ! さあさあ、早く座りなさい!」
院長は老齢の女性だ。そのわりに力が強い。アリスへと駆け寄ってくると、自分の隣に座らせた。
「さあさあ! あたしのかわいい娘の門出だ! 祝っておくれよ!」
「先生、恥ずかしいからやめてください!」
アリスが慌てたように言うが、院長は一切気にしない。それどころか、アリスのその表情を見て、口角を思い切り吊り上げた。いたずらを思いついたような表情だ。嫌な予感にアリスの頬が引きつり、そしてそれは残念ながら裏切られなかった。
「では音楽の代わりにアリスを引き取った日からのことを語ろうか! みんなは飲んで食べて騒ぎなよ? あれは寒い日のことだった……」
「やめて! って、私を引き取ったのは春の日だと言っていましたよね!?」
「あ、そうだったね。じゃああれは暖かい日のことだった、でいいかい?」
「私に聞かないでください適当すぎるでしょう! というよりやめてください!」
騒ぎ始める義理の親子。だがこれはいつものことだ。ここに集う者たちは、それを微笑ましく見つめながら、食事を始めた。
そうして送別会というよりもただの宴会が始まってしばらくして。この騒ぎを聞きつけたのか、冒険者たちがちらほらと顔を出し始めた。
「あの、これは何のイベントですか?」
「あー? ただの宴会ですよ。ささ、皆様もよければ召し上がってください」
宴会は冒険者も巻き込んで、少しずつ大きくなっていく。送別会という建前はもう綺麗さっぱり消えてしまった。アリスにとってはこちらの方が楽しいので問題はないのだが。
朝から始まった宴会は、太陽が真上に昇ってもまだまだ続く。このままではいつまでたっても出発できそうにないので、アリスは院長に声をかけて抜け出すことにした。
「先生、私はそろそろ行きますね」
アリスの幼少期のことを語り続けている院長が目を丸くする。いい加減その話はやめてほしいものだ。
「何だ、もう行くのかい? 寂しくなるねえ」
「私もです。ここに戻ってきた時はまた顔を出しますね」
「ああ。そうしておくれ。待っているからさ」
元気でね、と院長が右手を差し出した。アリスはそれをしっかりと握り、頭を下げた。
「行ってきます」
「ああ、行ってらっしゃい、アリス。達者でな」
院長と別れ、アリスは北門からそっと街を出発した。
壁|w・)とりあえずアリスの旅立ちとその後の冒険者との絡みを書いてみます。
ちなみに、何となく察せられるとは思いますが、神=運営さんです。