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「アリスさんのおかげでやりたいことが決まったよ。とりあえずは始まりの街に帰る」
「何をするんですか?」
「うん。家具とかおもちゃとか、そういった露店を出してみようかなって。ここの人たちに受け入れてもらえたのなら、少しぐらいあっちでも売れるだろう」
「そうですね。きっと大丈夫だと思います」
レクスが作った家具は遠目で見てもしっかりとしていそうだ。デザインもシンプルではあるが、むしろそれが良い味を出しているかもしれない。少なくとも、アリスはレクスが作った家具は嫌いではない。
「準備ができて無事に露店を出せたらさ、来てくれないか?」
レクスが真剣な表情でアリスへと言った。アリスとしてもレクスの出す露店には興味があるので、すぐに頷いておく。アリスは自分の荷物から指輪を取り出すと、それをレクスへと差し出した。
「へ? これって……」
「そのですね……。友達の証、みたいなものです。これがあればギルドに私宛の伝言や手紙ができますので、開店日が決まったらまた教えてくださいね」
「あ、ああ! 分かった! 約束する!」
どうやら喜んでもらえたらしい。装飾も何もない指輪だが、少しはレクスの役に立てばいいのだが。
「それじゃあ依頼の品も全部作り終えたし、俺はもう行く。村の人や子供たちによろしく伝えておいてほしい」
「分かりました……。え? 今から帰るんですか? まだ暗いですよ?」
「うん。まあ気にしないでほしい。また連絡するよ」
そう言って、レクスが軽く手を振ってくる。アリスは戸惑いながらも手を振り替えし、そして気が付けばレクスの姿は忽然と消えていた。
「え? レクスさん!?」
周囲を見回してみても誰もいない。まさか消えてしまうとは思わなかった。夢か幻か、そんなことを疑ってみるが、アリスの手の中にはもらったいすが今もある。それに、家具もそのままだ。レクスが今までいたという間違いのない証拠だった。
冒険者だけが使える何かしらの魔法だろうか。ただ、いくら考えてもアリスには分からないことだ。
アリスはいすをリュックに詰め込むと、自分も出発しようとその場を後にした。
・・・・・
男はベッドの上で横になり、悶えて転げ回っていた。何かまた妙な言い回しをしていたような気がする、と。どうにもレクスとしてログインしていると、色々とおかしいことになっているような気がする。
男はベッドの上で大きなため息をつくと、枕元に置いてあった携帯電話を手に取った。いわゆるガラケーと呼ばれるタイプの携帯電話だ。課金のための節約として、スマホを持たずにこの携帯電話を使っている。
男は携帯電話を操作すると、耳に当てた。
『おう。俺だ』
電話の向こう側から聞こえてくる父の声。その声を少し懐かしく思いながらも、男は言った。
「親父。頼みがある」
『あ? 何だよ藪から棒に』
「俺に、親父の仕事を教えてくれ」
男がそう言うと、電話の相手が息を呑んだのが電話越しでも分かった。じっと父の言葉を待っていると、やがて小さなため息が聞こえてきた。
『どういう心境の変化だ?』
「いや、ちょっと……。俺が作った家具を喜んでもらえてさ。なんか、いいなって」
『詳しく教えろ』
父の言葉に、男は一瞬たじろいだ。というのも親にネットゲームで遊んでいることを言ったことがない。間違いなく怒られる。だがゲームの話をせずに説明できる自信もなく、仕方なく男はゲームでの経緯を話して聞かせた。
全て聞き終えた父は、それはもう盛大に笑っていた。
『何がきっかけかと思えば、ゲームときたか! ははは! さすがに予想外だ!』
「そこまで笑うなよ……」
確かにきっかけだけを考えれば、情けないにもほどがある。男が意気消沈して項垂れていると、父は急に真面目な声音になった。
『まあ、理由は分かった。ゲームといっても、ほとんど現実に近いものなんだな?』
「感覚的には、かな。でも現実とは違う部分も多いけど」
『そうかそうか』
父はとても嬉しそうだった。男が首を傾げていると、父が続ける。
『いいだろう。伝え切れていない俺の技術、お前に叩き込んでやる』
「ありがとう親父! じゃあ明日にでも……」
『阿呆! 大学卒業するまで帰ってくるなと言っただろうが!』
意味が分からずに男は困惑した。今更、大学に通い続ける理由もない。やめても問題ないだろうと考えていたのだが、父は咳払いをして、
『いいか。世の中、何があるか分からないもんだ。だから大学ぐらいはちゃんと卒業しておけ。大学の金の心配はいらん』
「いや、学費は奨学金……」
『家賃とかだよこまけえな!』
父の怒声に、男は首を竦めた。家賃や生活費は仕送りによるものだ。決して安くない金額のはずだ。だが、その程度は問題ない、と言い張った。
「まあ、それならちゃんと卒業してから帰るよ」
『おう。ああ、そうだ。その、なんだっけ? ワンダーランド? そこで練習でもしておけ。何もしないよりはましだろ』
「分かった。ありがとうな、親父」
『おう』
またな、と電話が切られる。男はしばらく携帯電話を見ていたが、やがてゆっくりとため息をついた。久しぶりに緊張してしまった。正直なところ、ふざけるな、と怒られると思っていた。
「親父には頭が上がらないな……」
そう呟きながら、男はベッドに横になった。
開始場所を始まりの街に設定して、ログインする。レクスは始まりの街の小さな部屋に降り立った。プレイヤーが最初に降り立つ場所だ。その家から出ると、目の前に驚きに目を瞠る男がいた。
「レクス? お前、徒歩で北の街に向かったんじゃなかったのか?」
男はレクスの知り合いだ。レクスと同じ、トッププレイヤーの一人。レクスはその男に、肩をすくめて言った。
「帰ってきたんだよ。あれは俺には無理だ」
「はは。やっぱりそうか。じゃあやっぱり、解放されてから転移で移動だな。狩り場見つけないと」
男がそう言って不敵に笑った。お前には負けない、という心の声が聞こえてくるかのようだ。レクスはそれを受けて、こちらはいたずらっぽく笑った。
「まあがんばれよ。俺はもうレベル上げはやめるから」
「はあ!? さてはお前、絶好の穴場を見つけたのか!?」
「違うって。攻略をやめるって言ったんだ。ここでのんびりするさ」
そう言うと、男は信じられないものを見るかのような目になった。
「冗談……じゃ、なさそうだな」
「ああ。悪いな」
こいつとは腐れ縁とも言えそうなほど長い付き合いだ。このゲームだけでなく、他のゲームでもパーティを組んだことがある。それ故に、少しばかり申し訳なく思ってしまう。だが男は屈託のない笑みを浮かべた。
「そうか。まあプレイスタイルは人それぞれだからな。何をするつもりかは分からんが、目処がついたら教えてくれよ」
「ああ。分かった」
そう言って、男が去っていく。レクスはそれを見送ってから、その場を後にした。
まずは木材の調達。露店の準備も必要だ。他には……。
とても楽しく、そんなことを考えながら。
それからしばらくして、NPCに人気のプレイヤーの店が掲示板で話題になるのだが、それはまた別の話。
壁|w・)第二話終わり、です。