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「すまないね、アリスさん。ここの子供がお連れに迷惑をかけたみたいで」
村の入口で佇むアリスに、村長がそう声をかけてきた。少しふくよかな体型の快活な中年の女だ。村長の言葉に、アリスは少し考えて、言った。
「私からは、何とも……。レクスさんから誘ったみたいですし……」
「だがきっかけは子供たちだろうね。あの見事ないすをぱぱっと作っちゃったらしいから、もっと見たいって我が儘を言ったんだろう」
「ともかく、一言あれば、お守りをお貸しできたんですけどね」
「はは。まったくだ」
魔物よけのお守りは、この世界に住み、仕事を任せられるようになれば誰でも与えられる。アリスがここに来たのも、もうすぐ仕事を始める二人のお守りを届けに来たのが理由だ。冒険者には与えられていないが、村の子供のためなのなら貸し出すことぐらいはできたかもしれない。
ちなみにこのお守りをアリスは持っていない。というのも、そのお守りをクルーゼも嫌うためだ。なら無理に連れて行く必要はないのではと思うかもしれないが、クルーゼは魔物からの護衛ももちろんだが、人、つまりは冒険者からの護衛も兼ねているらしい。当然ながら冒険者にお守りは通用しない。そのための護衛だそうだ。
アリスとしては冒険者の人はそんなことをしないだろうと思うのだが、この世界にも悪人はいるように、冒険者の中にもやはりいるとのことだった。いつかそんな悪い冒険者と会うかもしれないと考えると、少し怖くなってくる。
「た、ただいま……」
その声に、アリスは思考を中断して正面へと視線を上げる。申し訳なさそうに俯いているレクスと、その頭に乗っているクルーゼが視界に入る。アリスは苦笑すると、レクスへと言った。
「心配しました」
「ご、ごめん……。あと、このドラゴンをこっちに送ってくれて助かった。ありがとう」
いえ、とアリスは首を振り、クルーゼを見る。眠たそうに欠伸をするクルーゼに、アリスは頬を緩めた。
「お礼なら子供たちに。子供たちが報告に来てくれたのですぐにくーちゃんにお願いすることができたんです」
アリスはそこで言葉を句切り、レクスへと微笑んだ。
「無事で良かったです。あまり無茶はしないでくださいね」
「ああ……。気をつける」
レクスが何故か顔を赤くして俯いた。その反応の理由が分からないが、少しでも反省してくれれば、とは思う。さすがに知り合った人が自分の近くで死んでしまうというのは嫌だ。
「あと、木材はこの後村の人が取ってきてくれるそうです」
「えっと……。それはつまり?」
「色々と作ってあげてくださいね」
にっこりと。アリスが満面の笑顔で言うと、レクスは苦笑しながらも少し楽しそうに頷いた。
その日はこの村で一泊することになった。もともとアリスは訪れた街や村で必ず一泊するのだが、レクスもそうするとは思わなかったので少し驚いた。しかも寝床はいらないとまで言う。何をするのかと聞いてみれば、家具作り、とのことだった。
「え? 夜もですか?」
「うん。まあ寝なくても平気だし」
「体調崩しますよ?」
「いや、俺たちは大丈夫。まあさすがに現実で一日……、、あ、いや、四日寝ないとなると辛くなってくるけど」
「はあ……」
そう言えば、最初に友達になってくれたセフィも、一緒に野宿した時は夜に狩りに行っていたことを思い出した。冒険者というものはとてもタフらしい。真似しようとはさすがに思えないが。
村の人たちはせっかくだからとレクスの厚意に甘えることにしたようで、大量の木材を持ち込んで希望を伝えていた。途中からレクスの顔が青ざめていたような気がするが、気のせいだ。そうに違いない。レクスも無理な依頼を引き受けるようなことはしないだろう。
そうして村長宅の一階を借りて一泊する。日の出と共に目覚めてレクスの様子を見に行けば、本当にずっと家具を作り続けていたようで、広場には様々な家具が並んでいた。
「すごいですね……」
アリスが感嘆のため息と共にそう告げると、作業をしていたレクスは驚いたように振り返った。アリスの姿を認めて、気持ちの良い笑顔を浮かべた。
「久しぶりにここまで没頭したよ。親父から無理矢理叩き込まれた技術だったけど、なんだかんだと俺はこれが好きらしい」
そう話しながら、レクスはまた作業を再開する。アリスはその後ろ姿を見つめながら
口を開いた。
「無理矢理ですか?」
「ああ。それが原因で親父に反抗してさ。仕事は継がない、別の仕事をするって猛勉強をしてさ。東京の大学に入ったのはいいけど、なんか物足りなく感じてたんだよな……。周囲のやつは明確な目標があるのに俺はないままだし。焦って焦って、その現実から目を逸らしたくなってネットゲームなんて始めて……。答えなんて最初から自分の中にあったのに」
完成、とレクスはできあがったものを叩いた。一人用の小さないすだ。レクスはアリスへと振り返ると、それを示しながら言った。
「アリスさん、良ければこれ、使ってくれないか?」
「え? いいんですか!?」
「ああ。村の人の依頼とは別のものだから。余った木材で作ったものなんだ。……あれだけ作ったんだから、少しぐらい自分のものを作っても怒られないだろ」
レクスが少しだけ遠い目をした。さすがに疲れてしまったのだろう。気を取りなすように咳払いをして、レクスが続ける。
「アリスさんは野宿をする時もあるんだろ? その時にでも使ってくれ」
「ありがとうございます。すごく嬉しいです」
いすを受け取り、アリスは顔を綻ばせた。テーブルとセットでは不自然な高さのいすだが、外で休憩する時に使うことを考えれば丁度良い大きさだ。あまり大きすぎないので荷物のスペースを圧迫することもあまりないだろう。
「うん。やっぱりいいな」
レクスの声にアリスが顔を上げると、レクスは薄く微笑んでいた。
「自分の仕事で誰かの笑顔が見られる。うん。やっぱり俺、これが好きだよ」
どこか吹っ切れたような、そんな表情だった。よくは分からないが、悩みでも解決したのだろう。個人の問題なのでアリスは何も聞くようなことはせず、一言だけ言っておいた。
「おめでとうございます」
「うん? ありがとう、なのか?」
レクスが首を傾げ、さあ、とアリスも同じような仕草をする。どちらともなく噴き出して、笑い合った。
壁|w・)やっぱりアリス視点の方が書きやすい……。