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「誰にも、ですか」
「ああ。俺は常に一番前を走りたい。走り続けたい。それだけだよ」
そう。それだけだ。レクスにとってのゲームはただそれだけのためのものだ。他に意味はない。ここで立ち止まっている以上、後々もう一度レベル上げをやらねばならない。
「疲れませんか?」
アリスのその言葉に、レクスの思考が停止した。
「とても疲れているように見えます。がんばるのはいいことだと思いますけど、無理はしない方がいいですよ。せっかくここに来ているんですから、私としては楽しんでほしいです」
疲れている。そんなことは意識したことがなかった。だが、時折自分は何をしているんだろうと思うことはあった。すぐにそんな考えなど頭の隅に追いやっていたが、改めて思う。自分は何をしているんだろう。
アリスは楽しんでほしいと言った。楽しんでゲームをしていたのはいつまでだっただろうか。今ではもう、現実世界で疲れてもそれでも必死になってレベル上げをする毎日だ。これは、楽しんでいただろうか。
「あ」
思考に耽っていると、アリスの間の抜けた声が聞こえてきた。見るとドラゴンが起きて、右の方へと視線を向けていた。
ドラゴンは不意に浮き上がると、巨大化した。レクスたちを乗せていた大きさだ。そしてそのまま視線を向けていた方へと飛んでいく。続けて何かしらの轟音が聞こえてきた。爆発のような音だ。その音の後、ドラゴンは小さい姿で戻ってきた。
「お疲れ様、くーちゃん」
それを聞いて、ドラゴンが何をしに行ったのか察することができた。こちらへと敵意を向けていた魔物がいたのだろう。それを察知して、倒しに行ったということか。
「すごいな……。全然気づかなかった」
感心しながらそう言うと、アリスは自分のことのように嬉しそうに微笑んだ。
「くーちゃんはすごいんです」
アリスがドラゴンの頭を撫でる。ドラゴンは誇らしげに胸を張っていたようだったが、すぐに気持ちよさそうに目を細め、そのまままた眠ってしまった。ドラゴンを抱き直し、アリスが歩き始める。レクスもすぐにそれを追った。
それから二時間ほど歩いて、ようやく目的地の村にたどり着いた。
村は木の柵で囲っており、畑が広がっている。木造の家が等間隔に並び、何人かの人が畑で働いているのが分かった。
村に入り、アリスは奥へと歩いて行く。レクスも少し戸惑いながらも、その後を追った。何も言わずに村に入って大丈夫なのだろうか。
「すみません、村長さんはどちらですか?」
アリスが畑の少し離れた所で働く男へと大声で問いかける。男はアリスを怪訝そうに見つめていたが、やがて得心したように頷いた。
「あんた、連絡員のアリスさんか?」
「はい!」
「そうかそうか。よく来たな。何もないところだけど、ゆっくりして行きなさい。村長なら村の中央に他より大きい家があるから、そこに行ってみな」
「分かりました! ありがとうございます!」
気をつけてな、と手を振る男にアリスも手を振り返り、さらに奥へと歩いて行く。レクスはその様子を呆然と見ていたが、すぐに我に返ってアリスの背を追った。
「アリスさんって、有名人なの?」
プレイヤーの間ではフィールドに出歩く唯一のNPCとして有名だ。だがそれはプレイヤーの間で有名なだけであり、この世界では違うものと思っていた。聞かれたアリスは振り返ると、照れくさそうにはにかんだ。
「不本意ながら、顔はともかく名前は売れちゃっています。私がこの仕事を始めたきっかけは神様のお告げなんですけど、そのお告げは世界中の人が聞いていましたから」
「それはまた……。ご愁傷様で」
「あはは……。まあ説明する手間とかは省けているので助かってはいます」
でもやっぱり恥ずかしいですけどね、とアリスが苦笑した。
村長の家は他の家よりも一回り以上大きかった。おかげで分かりやすくはあるのだが、何故ここまで違いがあるのか。レクスが疑問に思っていると、アリスが答えを教えてくれた。
曰く、村長宅の一階は集会所のようなものになっているらしい。これはこの村特有というわけではなく、少なくともアリスが訪れた村の村長宅は全てそうなっているらしかった。居住部分の広さは他の家とさほど変わらないとのことだ。
「私は村長さんとお話をしてきますけど、レクスさんはどうします?」
「ん? そうだな……。一緒に行くのはまずいのかな?」
「仕事のお話なので、ちょっと……」
アリスは困ったように眉尻を下げた笑みを見せる。困らせるつもりはなかったので、レクスは慌てて手を振った。
「聞いてみただけだ。俺は村を見て回るよ。こんな機会、あまりないしね」
「分かりました」
手を振り、アリスと別れる。さてどうしようかと考えながら、レクスは歩き始めた。目的地はないが、何も考えずに村を一周するのも悪くないだろう。
周囲を観察しながら歩いて行く。何を作っているのかは分からないが、村の人はせっせと畑で何かしらの仕事をしていた。農作業のことなど分からないので、彼らが何をしているのかは見当もつかない。忙しそうだな、と思う程度だ。
そうしてのんびりと歩いていると、畑とは違う区画に出た。
今までは畑が多く並び、木造の小さな家がちらほらと見かける程度だったのだが、その場所は狭い範囲で小さな家が五棟ほど並んでいた。家の前は広場になっており、子供たちが走り回っている。託児所か何かだろうか。そんな概念があるとは思わなかったが。
「お? にいちゃん、もしかして冒険者?」
子供たちのうちの一人、男の子がレクスに気づいて声をかけてきた。その声に他の子供たちも気づき、レクスの周りに集まってくる。十人ほどおり、それぞれが声をかけてくるので何を言っているのかまったく分からない。俺は聖徳太子じゃない、と言いたいが、この子たちには伝わらないだろう。
とりあえず、冒険者であること、村を見て回っていることを説明すると、子供たちはそれで納得したのかそれぞれの遊びに戻っていった。何か話をせがまれると思っていたので拍子抜けしてしまう。
広場に視線を巡らせると、隅の男の子と女の子の二人組が視界に入った。その場にうずくまり、何かをしているようだ。少し気になって近づいてみると、二人の目の前には大きな丸太があった。
「なんだこれ」
思わずレクスがつぶやくと、子供二人が振り返った。
「あ……。えっと。冒険者さん、ですか?」
よく見るとその二人は他の子供たちよりも年長のようだ。レクスが頷くと、二人は瞳を輝かせた。
「おい! この兄ちゃんに相談しようぜ!」
「うん……。そうだね」
男の子と女の子二人の会話。首を傾げるレクスに、女の子が言った。
「ここにいる子たちのために何か作ってあげたいなと思っているんですけど、どうやって作っていいのか分からなくて……」