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レクスはこのゲームの中ではある程度有名になった者の一人だ。高レベルプレイヤーの一人で、常にこのゲームの攻略を続けている。といっても、まだ始まって間もないゲームなので、できることはまだ少ない。
もうすぐ北の街が解放されるらしい。だが、レクスはそれをどうしても待てなかった。
掲示板で噂になっていることがある。それは、全ての街やダンジョンが最初から実装されているらしい、というものだ。
らしい、というのは誰も確かめられていないためそう言われている。つまりは、あると証明されていないが、ないとも言い切れない、という状態だ。
というのも、このゲームのフィールドは他のゲームにないほどに広大だ。最寄りのダンジョンの北の森ですら半日以上歩かなければならない。ほとんどのゲームは移動にそれほど長い時間をかけないはずだ。レクスが経験したもので一番長いもので一時間程度だった。
これはダンジョンだけでなく、フィールドから先の全ての施設や街、ダンジョンで同じようになっているらしい。北の街まで歩いて行こうと思えば数日かかるとのことだ。
普通ならあり得ない。誰がそんな移動だけのゲームを続けるのか。運営、もしくは制作者曰く、旅をしたい人には是非とも旅の気分を体験してほしい、ということだった。
では他の人はどうするかと言えば、実は街やダンジョンの側にはワープポータルというものがある。幾何学的な模様が描かれた巨大な石だ。それに触れれば、好きな街やダンジョンに移動できるという仕組みになっていた。目的地が分かっていれば、移動そのものには大して時間がかからないということになる。
掲示板で流れている噂は、解放というのはこのワープポータルから行けるようになるだけで、実際はすでに街そのものは実装されているのでは、という話だ。
根も葉もない噂だが、一応の根拠が提示されてもいる。
アリスというNPCだ。
アリスは現在確認されているNPCの中で唯一フィールドに出歩くNPCで、その目的は街や村へと荷物を運ぶ仕事をしているらしい。そのアリスが、北の街に向かう、と誰かに言っていたそうだ。
このゲームのNPCは例外なく高度なAIを有している。そのNPCが、存在しない場所に向かうなど言わないだろうというのが噂の発端だった。なら確かめてみよう、と思っても、北の街の具体的な場所も距離も分からないため、結局誰も試していない。無駄な努力をするよりも解放を待てばいい、というのが多くの意見だ。
だが、レクスだけはどうしてもそれを待てなかった。大した理由はない。ただ、トッププレイヤーの一人として、一番最初に新たな街に入りたい、という欲があったためだ。友人が聞けば、それだけのためにバカだろうなんて言われるかもしれない。だがレクスにとっては重要なことだ。
故にレクスは北の街を目指してひたすらに歩き続けている。予め大量の食料を買い込み、時折休憩を挟みつつ北を目指す。
どういった理屈かは分からないが、ゲーム内では感覚が引き延ばされている、らしい。ゲーム内で一日経っても現実では六時間ほどだ。幸い今は大学は夏期休暇なので、時間を気にする必要はない。現実での睡眠時間を考えても、一日で三日分は歩けるだろう。
だが、問題は距離だけではなかった。
「はは……。結構、自信があったんだけどな……」
目の前に今まで見たこともない魔物の群れ。魔物のレベルを見てみれば、平均三十といったところか。レクスのレベルは二十。一対一ならスキルを工夫すれば勝てるかもしれないが、さすがにあの、十体以上の群れとなると厳しいだろう。さらに悪いことに、仲間を呼ぶスキルでも持っているのか、次々と新たな魔物が現れている。
「北の街に近づいてきたってことか? だから魔物も強くなったか。だとしても、これはやりすぎだろう」
しっかりと人数を揃えても対抗できるかどうか。もしかすると、解放されていない街に向かうプレイヤーを追い返すための魔物なのかもしれない。
「だからって、せっかくここまで来たんだ。今更諦められるか!」
レクスは剣を抜くと、魔物たちに挑んだ。
何度も剣を振り、一体を集中して攻撃する。だが他の魔物が待ってくれるはずもなく、容赦なく攻撃をしかけてくる。どうにか一体を倒した時には、すでにレクスのHPは残りわずかとなっていた。
「くそ……。ここまで来て死に戻りか……」
プレイヤーが戦闘不能になった場合、蘇生してくれる仲間がいなければ、最後に使用したワープポータルに戻される。レクスの場合は始まりの街だ。さすがにもう一度歩こうとは思えない。それよりも解放の方が早くなるだろう。
魔物がレクスへと襲いかかる。レクスは目を閉じようとして、
巨大な影がレクスたちを覆った。
「は……?」
レクスも、そして魔物たちも動きを止める。お互いに間抜け面をさらして空を見てみれば、巨大な生き物がそこにいた。
ドラゴン。赤い鱗に覆われた絶対者。レベルも確認できた。
千。
「……は?」
ドラゴンが大きく息を吸い込む。慌てて逃げ出していく魔物たち。だがドラゴンが吐き出した炎は逃げる魔物も含めて全ての魔物を燃やし尽くした。
レクスの目の前には灼熱の炎。触れてしまえばレクスのHPなど一瞬で消し飛ぶだろう。頬を引きつらせながら後じさる。少し離れて空を見てみれば、いつの間にかあの巨大なドラゴンの姿は消えていた。
その代わりに、先ほどよりも小さいドラゴンが浮いていた。小さいといっても人間よりは遙かに大きい。そのドラゴンに、人間が一人乗っていた。ドラゴンがゆっくりと下りてくる。
「大丈夫ですか?」
ドラゴンに乗っている人間が声をかけてきた。セミロングの金髪の少女だ。その姿に、すぐに誰かを察することができた。
アリス。フィールドに出歩く唯一のNPC。
だが、先ほどのドラゴンは何なのか。アリスが連れ歩くドラゴンのレベルは百のはずだ。千はあり得ない。呆然とするレクスにアリスは歩み寄ると、躊躇いがちに手を差し出してきた。
壁|w・)第二話開始、なのです。