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「そうか。友達ができたか。良い巡り合わせがあったんだな」
全て聞き終えたクロダは満足そうに頷いていた。アリスの拙い説明で通じているのだろうか。何故かクロダはどこか嬉しそうにしており、いずれお礼をしに行かなければ、と不思議なことを呟いている。正直なところ、意味が分からない。
「しかしあの指輪をまさか初日で渡すとは思わなかったな」
その言葉に、アリスは私もですと頷いた。
あの指輪は、この仕事が決まった時から作り始めた指輪だ。各地を転々とする以上、親しい付き合いというものがなくなってしまう。一人でも平気だ、という考え方なら良かったのだろうが、アリスはむしろ誰かと一緒にいる方が好きだ。
友達ができた時に、あまり会えなくてもせめて連絡は取り合いたい。そう思ったからこそ、あの指輪を用意して、直接ギルドマスター、つまりはこのクロダにお願いして連絡を繋げてもらえるようにお願いした。断られるかもしれない、と思っていたアリスの心配は杞憂で、あっさりと許可が下りた時には少し驚いたものだ。
アリスは知らないことだが、そのアリスの魔力が込められた指輪について、クロダは各街、各施設へ連絡していたりする。その指輪を持っている人はアリスの友人だ、と。自分の指輪がある意味とても有名になっていることに、アリス本人は全く気が付いていない。
「アリスの要望通り、連絡や手紙があった場合は声をかける。安心していいぞ」
「はい。よろしくお願いします」
いつ手紙が届くだろう、と少し楽しみになってくる。いや、こちらから送るべきだろうか?
そんなことを考えていると、クロダは微笑ましそうに目を細めていることに気が付いた。少し恥ずかしくなって顔を俯かせる。表情に出ていただろうか。
「アリス」
名前を呼ばれて、アリスは顔を上げた。少し赤くなっていることに触れられなければいいのだが。
「この世界は、好きか?」
クロダの問いに、アリスは小さく首を傾げた。どこか違和感を覚えてしまうが、よく分からないので考えることをやめておく。アリスはクロダにしっかりと頷いた。
「はい。大好きです」
「うん。そうか。それなら、いい。次の仕事については受付の女性に伝えてある。聞いてから出発するように」
「はい。分かりました」
ありがとうございました、とアリスは頭を下げて立ち上がり、静かに退室した。
扉を閉じて、アリスはほっと安堵の吐息を漏らした。呼び出しを受けた時は怒られると思っていたので、何事もなくて一安心だ。
「あら、終わったの?」
受付の女が振り返り、聞いてくる。何の話をしていたのか興味でもあるのだろうか。
「まあ、いいわ。次の仕事の話をしましょう。もうすぐ冒険者の人たちもこちらに来るだろうし、終わらせられることは終わらせるわよ」
女が何枚かの書類をアリスに見せてくる。どうやら一枚一枚全てが何かしらの仕事らしい。忙しくなりそうだな、と思いつつも、確かに冒険者が来ればまた仕事のやり方も変わってくるかもしれない。なら今できることは終わらせてしまうべきだろう。
アリスは女から書類を受け取ると、一枚ずつ確認し始めた。
・・・・・
アリスが出て行った扉を見送った黒田は、ゆっくりとため息をついた。右手を軽く振ると、目の前に大きな枠が現れる。それを操作して、現実世界へと繋げる。
「私だ」
短い言葉だが、すぐに枠から返答があった。
「お疲れ様です、黒田主任」
「それは皮肉か? どうやらアリスはすでにプレイヤーと接触しているらしい。その時の映像は出せるか?」
「もうですか!? 早いですね……。お待ちください」
声に従い、しばらく待つ。すぐに枠が一瞬ぶれて、映像が切り替わった。上空から撮影したような映像が流れる。映っているのはアリスと男の冒険者三人組だ。最初に出会った冒険者、つまりはプレイヤーとのことだが、この三人はそれほど気にしなくてもいいだろう。
「もう一つあるだろう」
「え? ……ああ、こちらですか」
映像が切り替わる。次に映ったのは、二人組の少女だ。この二人がアリスが楽しそうに話していた二人組の冒険者、セフィとロゼだろう。聞いた特徴とも一致している。
「繋げますか?」
枠からの短い問いかけ。どうやらこの二人は今もログインしているらしい。その二人にチャットを繋げて直接話すか、ということだ。黒田は首を振った。この二人に興味はあるが、今はまだ全てを話す必要はない。
黒田としては、アリスと仲良くしてもらえれば、それで十分だ。
「いや、必要ない。ただこの二人については動向を見守るように。もし何かあってログインしなくなってしまえば、アリスが悲しむからな」
「そうですね。了解しました」
失礼します、という言葉を最後に、枠から声は聞こえなくなった。
黒田はソファに深く腰掛けながら、先ほどまでこの部屋にいたアリスのことを思い出した。アリスの笑顔を見ていると、この世界を作って良かったと思える。
「ゲームとして公開する時はどうなることかと思ったが、今のところは問題ないようで何よりだ。この先どうなるかは分からないが……」
大きな枠をまた何度か叩き、操作する。するとギルドを出たところだろうアリスの姿が映し出される。彼女のリュックにはクルーゼも乗っていた。黒田はそれを目を細めて見守った。
「ゆっくりと楽しみなさい、アリス。ここは君のための世界だ」
黒田は優しくつぶやくと、枠の隅に表示されているログアウトを選択して姿を消した。
この日、このゲームに大勢のプレイヤーが、冒険者が訪れた。だが誰も知らない。この世界が、たった一人のAIのために用意された世界だということを。
この世界の名はワンダーランド。アリスのために用意された、不思議の国。
壁|w・)第一話、完。
こっそり謎っぽいものを置いていきます。
アリスの身の上についてはまたいずれ。
次は一度やってみたかった掲示板回。うまく書けるでしょうか……。